61.『事件現場再現VTR』2
【魔暦593年07月03日10時50分】
セリュナーの魔法によって生み出された花びら舞う空間。景色としては最高だが、その魔法が再現するのは最悪な事件の全貌だ。
とうとう、サイコメトリーが始まった。
木々は次第に輪郭をはっきりとさせ、まるで生命のように動き出す。
それは男だった。
身長は180cmほど、細い目に短い髪で特徴はそれほどない。確かな足取りで前に進むその男は、時折あくびを噛み殺している。
木々の重なりによって立体的に生み出された偶像。そこに色はないが、それでも表情は見える。彼は時折ロスト山に目を向ける。そこに特段感情はなく、義務的な惰性が読み取れた。
「こいつ、どこかで見たことある」
ルミは手で口を押さえながら声を漏らす。彼女の驚きは僕も共感できた。なぜなら、僕も彼を見たことがあったからだ。
ーーといっても、僕が見たことがない村民はいないが
息を呑む僕たちを諭すように、セリュナーが口を開く。その男の正体は呆気なく明かされた。
「そりゃそうよこの人、警備隊員のおじさまね。ロスト山周辺はたまーに魔獣が降りてくるからね。見回りも警備隊の仕事のうちよ。今日はこの人が当番だったんでしょ。魔力量も多いし、くっきりと映ってるわね」
「ああ、そうか。昨日警備隊支部ですれ違ったんだった」
「えへへ」と緊張を崩すルミを蹴り飛ばしたくなる。この男が殺人鬼だと思ったじゃないか。ルミの気迫に飲まれて、思考が鈍った。
というか、警備隊に巡回の仕事なんてあったのか。記憶の限りでは魔獣が降りてきた事件などなかったが、僕の生まれる前の話だろうか。
その疑問と同時に、一つ納得したこともある。警備隊員ラーシーについてだ。僕たちがロスト山から降りた先で、彼とは何度も会った。あれは、巡回の仕事のうちだったのだ。
「あれ、でもおかしくないですか?僕たちはあの日もラーシーと会ったわけだけど。それなら、ここに移るのはこのおじさんではなく、セリュナーさんの彼氏なのでは?」
「だから、私達は付き合ってないって。ただの腐れ縁。その疑問に答えるとしたら、当番は午前と午後、深夜の三部制なの。その日午後の部だったんじゃないの。ラーシーくんは、基本的に午後か深夜の部が多かったはず」
『俺定時過ぎてるんだって!』と叫ぶラーシーを思い出す。本来ならば、深夜の部の警備隊員と交代する時間帯だったのだ。
帰宅前のラーシーに、オルはロスト山の許可状を出すように詰めてかった。その少し後に、僕たちが合流した。
あの日の夜は、確かそのような流れだったはず。
「まさか、セリュナーねーさんが朝からおめかししてたのって、ラーシーが深夜の部が多いから?朝帰りに自宅に来てたんじゃないの」
「あー、あー、聞かない聞こえない。そんなことより、ほら。おじさまに動きがあったわよ。見てなくていいの?」
オルの純粋な疑問を華麗に無視し、セリュナーは指を指す。巡回中の警備隊員は、何かすることもなく、花の空間から外に出た。
境界線から出ると、力無く木々は地に落ちた。花びら舞う四方形の中でのみ、過去が再現できるわけだ。
それから数分間、花の空間はなにも映さなかった。
ーー始まったのが、07月01日10時50分
ーー時間の再生がどれくらいかわからないな
ーー今、何時を再現しているんだ?
飽くまで、魔力の流れに沿って木々が模倣しているだけだ。魔力の発生源がない間は、何も起こらない。太陽の光を再現するわけでもないので、時間帯もわからない。
沈黙は緊張感に繋がった。先ほどまでの明るい雰囲気は無く、じりじりと、時間だけが過ぎる。それでも、僕たちはただ見つめていた。場所は間違えていない。ここで事件が起きるのは、揺るぎない事実だ。
「誰か来た」
僕の足元に座り込んでいたオルが声を漏らす。彼に言われなくても、誰しもがそれを理解していた。花の空間の外に落ちていた木々が、一人でに動き出す。
身長は150cm程、スカートを揺らしながら歩く少女だった。形だけに留まらず、赤色の髪まで再現していた。
魔力の残穢を元に過去を再現する魔法。それはつまり、魔力の流れが濃ければ濃いほど、正確に映すということだ。先程の警備隊員よりも、この少女の方が色がつくほど魔力量が多いということだろう。
「これって…」
セリュナーは、魔法を起動してから何もしていない。追加で魔法を使うことも、僕の視界からいなくなることもなかった。
つまり、この魔法で再現したのは紛れもない事実なのだ。小細工はないはず。
それなのに、花の空間には、くっきりとその少女が写っていた。彼女は冷徹な目で虚空を見つめ、立ち止まる。口を動かしたあと、再び歩みを進めた。
「あたしだ」
ルミ・スタウは一人で花の空間に現れた。
僕はその光景に目を疑った。思わず、足元に座るオルに体を寄せる。
再現された彼女は、一人で殺人現場を訪れていた。花の空間は広く過去を再現しているので、周りに誰もいないのは確定している。
ーー馬鹿な
ーーありえない
僕の記憶の中で、ルミが一人になったのは一瞬しかない。
オルと僕、ラーシーの三人が顔を合わせて話していた時だ。ラーシーが『このガキをなんとかしてくれ』とオルを指差して泣きついてきた。
この間、僕たちはルミの姿を見ていない。
そしてそれは、死体が見つかる数分前のこと。
殺人が起きた瞬間に、ルミは殺人現場にいたということになる。




