59.最高なサマリー6
【魔暦593年07月03日10時30分】
『ダメだ。許可できない。用件は以上か?』
「ちょっと待ってください。イアム・タラークが殺されたことは事実なんですよね。魔王がヘルト村にいることも、まだ捕えられてないってことも」
『…、ああ。それは全て真実だ』
先程まで熱烈な勢いを見せていたルミは、口をぽかんと開け、天井を茫然と見つめる。
一生に一度のカードを使ったのに、この様だ。ラス隊長が出てきて仕舞えばお終いなことは、彼女もわかりきっていた。
彼は我々と協力しないと、断絶したばかりなのだ。ロイと二人だけで事件解決に臨むと決めた。
それに、許可が降りる訳がない。
ーーそれこそ
ーー僕たちの前にやってるはずだもの
サイコメトリーが必要ならば、セリュナーが連絡するまでもなくあちら側から来るはずだ。彼女自身も気がついていたことだが、ラス隊長から何もアプローチがない以上、出番はない。
セリュナーを信用していないのか、それともサイコメトリーとは危険な魔法なのか。ともかく、ロイとラス隊長はセリュナーに頼らないことを決めていた。それは、警備隊員の協力が得られないことを意味した。
セリュナーは、すっかり弟子の熱に当てられたらしい。冷静沈着というよりも、ルミのように感情的になっていた。
「それなら、私の魔法が有効ですよね。なぜ、自宅待機を命じているのですか」
『セリュナー、君に限ったことではない。事件解決に繋がる魔法使いは、警備隊にたくさんいる。だが、全職員に待機を命じている』
「どういうことですか!?魔王がいるのに、何もしないなんて。何のための警備隊ですか?」
『警備隊は飽くまで治安維持のためだけにある。魔王を知らない君にはわからないかもしれないが、警備隊員がどうにかなるような相手ではない』
ラス隊長にしてはよく喋る。セリュナーの言葉に怯むことなく、淡々と事実を述べる。彼女を諭すわけでもなく、状況を解説するかのようだった。
ーー僕たちがいることもお見通しってわけか
彼は後ろにいる僕たちに向けて話しているのだ。なぜ、ロイとラス隊長が協力できなくなったのか、教えてくれている。
確かに、面と向かってもルミはラス隊長の話をまともに聞かないだろう。娘に話すには、いい機会というわけだ。
そんな事情を知らないセリュナーは、熱く叫ぶ。
「それじゃあ、このまま家で誰か死ぬのを待てっていうんですか!?私はそんなことをするために警備隊に入ったわけじゃない!」
『それならば、魔法学院のスカウトを断らなければよかったな。警備隊員は警備隊員らしく、自宅で待機しろ。安心したまえ。魔法学院魔王討伐戦線の主力が既にロスト山まで来ている。これは専門家が対応する案件だ。セリュナー、君なら理解できるだろう』
「そ、そんな」
絶大な信頼を置いている上司の、案に『我々は無力』と投げ出す言葉にセリュナーも黙る。勿論、ラス隊長は待機するつもりなど毛頭ないだろう。ロイと手を組んだ時点で、彼は警備隊員として動くことをやめたのだ。
ーーなるほど
ーー色々見えてきた
「ところで、魔王討伐戦線って何?」
僕は隣で優雅にお茶を飲んでいる少年に聞く。オルは呆れた表情を浮かべ、ため息をつく。
「魔法学院は、大きく分けて三つに分けることができる。魔法学院、警備隊、魔王討伐戦線。魔法学院は、魔法学の研究施設で、大学みたいなもの。警備隊は日本で言う警察。魔王討伐戦線は、魔王に対処する軍隊ってこと。これ、一般常識だよ」
「あら、わかりやすい」
「お兄ちゃん…。もう少しこの世界に興味持ちなよ」
大学、警察、軍隊。確かに、役割は全然違うな。
魔王という存在がどんなものかは知らないが、軍隊相当の魔王討伐戦線が対処するということは、軍事力が高いのだろう。
つまり、ラス隊長が言いたいのはこういう事だ。
『戦争が起きているからと言って、警察が戦場に行く必要はない』
こう言い換えると、彼の話がわかりやすくなる。餅は餅屋、魔王には討伐戦線。下手にしゃしゃり出ると、かえってややこしくなるというわけだ。
『そうだな。君に仕事を与えるとしたら、私の娘たちを無事に家まで送り届けてくれ。それ以上のことは望まない。分かったか』
「はい…」
プツ、という音とともに魔道具に灯っていた光が弱々しくなる。通信が切れたのだろう。静寂が小さな部屋を包み込む。
「ルミ。聞こえてた?」
「あ、ああ」
「ラス隊長、君のお父さんを信じよう。ルミの気持ちもわかるけど、隊長の考えは正しい。ここでは待機するべきなの」
「そう…、なのか」
気落ちした彼女たちの姿は見ていて痛々しい。先程まで熱く語り合っていたからこそ、落ちる時はとことん落ちる。
ルミの申し訳なさそうな顔が、こちらに向けられる。
ーーいや、よくやったよ
説得自体はできていたのだ。セリュナーに想いを伝え、彼女の考えは変わっていた。
オルを説得したのも、ルミだった。彼女はいずれ、たくさんの人を率いるような存在になる。
「ごめん、モニ」
「大丈夫、あとは僕に任せなさい」
「え?」
切り札を使う時がきた。
僕は黒いローブの中に隠し持っていた、ある魔道具を取り出した。それを、丁重に机に置く。
「ちょっと、何であなたがこれを持っているのよ」
黒い箱のような形をしたそれは、泡光を灯していた。時折、風切りのような音が漏れ、その魔道具が起動していることを表した。
警備隊員のみが所持を許されている、伝達魔法を内蔵した魔道具。セリュナーは、先程まで自分が使っていたものを手で触り、机にあるものが二つ目だと理解した。
「誰と繋がっていると思いますか」
「わかんないわよ」
「ですってよ、院長」
僕の言葉に、魔道具の向こう側の男はため息を漏らす。
『副、院長だ。何度言ったらわかる』
「良いじゃないですか。院長の方が聞こえがいいんですって」
その声を聞いて、すぐに反応したのはルミだった。未だに状況を理解していないセリュナーに向かって、彼は自分の名前を告げた。
『魔法学院副院長エリク・オーケア。話は全て聞かせてもらった』
「エリク・オーケア!?、嘘、本物?」
『警備隊員セリュナーよ。許可状はいらない。副院長の名の下に、サイコメトリーの使用を許可する』




