表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
三章.呪われた七人の子供達
59/155

58.最高なサマリー5

【魔暦593年07月03日09時55分】



 この世界には誕生日を祝う文化がある。公用語は日本語だし、湯船に浸かる習慣もある。日本のパラレル国家だと考えて良い、という話は以前しただろう。


 とはいえ、文化が歪に紛れ込んでいるこの世界でも、流石に土下座は浸透していなかった。土下座の歴史はインドが発祥で、行為自体は昔からあった。それに最上位の謝罪の意味が付いたのが、日本特有の感覚によるものだ。

 この世界ではそれがなかったのだろう。他人に謝罪、懇願するのは首を垂れるお辞儀が主流だ。

 



 それでも、ルミのお辞儀は土下座に匹敵するほどの誠意を感じられた。セリュナーの表情を覗くこともない、一切の迷いない態度には彼女の本気度が伝わった。

 なにより、暴力女と揶揄されるルミが頭を下げるところなど見たことがない。彼女が懇願するなんて、天変地異が起きるのではないか、と。

 暴力ではなく、言葉の力を知ったのだ。


 その驚愕はセリュナーにも届いたようで、彼女は眼鏡の位置を正す。


「ちょ、何よ」

「セリュナーには辛い思いをさせるかもしれない。それでも、あたしは頼みたい」

「辞めてよ。ルミらしくない」

「このままだと、また人が死ぬ。でも、それは無関係な人じゃない。次に殺されるのはオルかモニなんだよ」

「なんで?」

「理由は言えない。だけど、断言できる」



更に深く腰を落とす。



「だから、あたしの大切な人たちを助けてください」



***



ーー泣き落とし、か



 まあ、ルミは泣いているわけではない。プライドの高い彼女の懇願は、女の武器にも匹敵するということだ。

 いつも無茶振りをしてくる弟子の、初めての誠意あるお願い。それは、セリュナーの心を揺らしているようだった。


 セリュナーはルミの情けない姿を見たくないようで、目を瞑る。しかし、目を逸らすわけにもいかない。ルミは、セリュナーに向かって話しているのだ。その葛藤が、彼女の表情から読み取れた。

 頼んでいるルミよりも、セリュナーの方が追い詰められているようだった。



「あなたが頭を下げるのが、友達と家族のためなんてね。人は変わるというか、ようやく大人になったというか。馬鹿な弟子の成長を喜ぶべきか…。ああ、もう!わかった、分かったわよ!顔をあげてよ」

「ほ、ほんとう?」

「そんな顔しないでよ。いつもみたいに、自信満々なうざったくしてよ」

「なんだそりゃ」



 これこそ『一生のお願い』だろう。今まで貯めた自分の価値を天秤にかけた、渾身の願い。二度と使うことができない。


 だからこそ、彼女の心を動かすことができた。



 やはり、人の心を動かすことができるのはルミみたいな人なのだ。僕のような、損得感情で動く人は誰かの胸を打つことはできない。


 「ありがとう」、そう言ってルミは席についた。



ーー最高な着地点だ



 サイコメトリーを使えるならば、それに越したことはない。それに、()に借りを作ることも無くなった。僕にとっては理想的な終わり方だった。

 それに、気にならないわけがない。イアム・タラークがどのように死んだか。加えて、なぜ彼女はあんな辺境な地にいたのか。

 早速、殺人現場に行こうじゃないか。そう思い立ちあがろうとするが、セリュナーの行動は違った。彼女は懐に手を突っ込み、何かを取り出す。



「でも、犯罪の片棒を担ぐのは嫌だからね」

「へ」

「申請書を出す時間もないでしょ。聞くわよ直接」



 ゴトン、と軽い音を立てて机に置かれたのは、黒い四方形の物体。

 大きめのサイコロほどの大きさで、全てが黒塗りにされている。何かの容器でもないのに、ボタンや液晶があるわけではない。

 触って操作する機械ではない。特定の行動を起こすことで魔法が起動する魔道具だ。僕ですら持っていない高価なそれは、警備隊員である証拠でもある。



 伝達魔法が刻まれている魔道具ーーつまり電話機だ。機能としては、登録されている同じ形をした魔道具に、音を送るというもの。

 携帯電話ほど利便性はなく、誰とでも連絡を取れるわけではない。飽くまで、警備隊員が情報共有を行うためだけにある。



 申請書を提出するのではなく、直接聞く。つまり、この村で魔法の使用管理を行なっている人物(・・)に伝達魔法を飛ばすということ。



 セリュナーの伝達先が誰かは、聞かなくてもわかる。そして、その伝達先は僕たちにとって非常に都合の悪いものだった。


 彼女が口元にそれを運ぶと、黒い靄が魔道具を包む。魔法が起動したのだ。

 魔力を伝え、音は距離を無視して届けられる。魔道具からは、やけに聞き馴染みのある男の声が鮮明に聞こえた。

 


『こちら、魔法学院警備隊ヘルト村支部隊長スタウ』

「セリュナーです。今お時間いいですか」

『手短に頼む』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ