55.最高なサマリー2
【魔暦593年07月03日09時45分】
セリュナーが殺人鬼の可能性は十分ある。殺人鬼が異人である限り、外見状の経歴や情報に価値は無い。彼女がどれほど天才魔法使いと認められていても、前世の記憶があれば、幾らでも嘘をつくことができる。
もう、誰も信じられない。幼馴染のオルでさえ、僕に13年間嘘を突き続けた。異人は嘘つきの塊なのだ。
事件当初、僕は酷い疑心暗鬼になっていた。自分自身が異人だからこそ、全員が異人に見えて来て仕方がなかった。心は不安定で、まともな思考が回らなかった。他人と話すことさえ、怯えていた。
だが、今は違う。あの時と比較にならないほど、僕の心は穏やかだった。
『俺は誰も疑わない代わりに、誰も信じない』
ロイの言葉が僕の背中を後押ししてくれる。他人を疑う必要は最初からない。これまでのように、軽く接すればいい。
そして、信じる必要もない。
気楽に犯人探しをしよう。どうせ僕の怒りは、犯人を捕まえることでしか晴れることはないのだから。それまでの過程は自由に行こう。
僕は純粋な笑顔で、セリュナーに問いかける。
「イアム・タラークをご存知ですか」
「イアムさん、そりゃ知ってるわよ。大広場の八百屋さんの店員さんでしょ。警備隊員で知らない人はいないでしょ」
彼女は当然のように言い切った。
その表情から、彼女が07月01日に起きた、殺人事件を知らないことがわかる。
あの事件は、ラス隊長によって情報統制されている。事件の詳細どころか、イアムが死んだことすら公表されていない。
事件を知っているのは、第一発見者である僕たちとイアムの親族、親友。残りはラス隊長が信用できる警備隊のみだ。ルミ曰く、ラスに年齢の高い中年男隊員には通達が行っているらしい。
セリュナーは若い。いくら天才と評価されていても彼女達にまで、情報は流れてきていないようだ。情報統制はそれなりに機能している。
ーーそして、これが嘘の可能性もある
ーーと、前までなら疑っていただろう
ーー疑い続ければ動けない
ーー本当に良い言葉をロイはくれた
セリュナーが嘘をついていようがいまいが、どうでもいい。僕は最初から彼女を信用するつもりはない。
ーーこれなら、やりやすい
僕は変わらず笑顔で彼女を見つめる。僕は異人だ。嘘をつく才能は僕にもある。一切のブレなく、人を騙すことができる。
軽く息を吐いた後、少し下を向く。やや曇らせた表情を演出しながら、僕は口を開く。
「イアムが行方不明になりました」
「行方不明?」
「この狭い村で、姿を消すのは難しいです。ですが、イアムの姿は07月01日以降誰も見ていません。職場の人間も、親友も、夫でさえ、彼女の行方を知らない。僕たちは、縁あって彼女を探す立場にいます。そこで、ルミの紹介でここまできたというわけです。サイコメトリーさえあれば、イアム失踪の手がかりにもなるでしょう」
「それは本当なの?」
「本当です。現に、セリュナーさん。貴方は今、自宅待機を命じられているでしょう?」
これは本当だ。別に極秘情報でもなければ、誰もが知っている事実だ。
警備隊員は、ラス隊長の信用のおけるもの以外皆、自宅待機を命じられている。
余計な混乱を省くためか、警備隊員の中に潜んでいるかもしれない殺人鬼を恐れたのか。理由はわからないが、セリュナーは信用されていない側らしい。
ーーまあ、ラス隊長は誰一人信用してないのだろうけど
「そうね。理由はわからないけど。でも、給料はきっちり支払われるから悪くはないんだけど」
「その命令は、失踪事件に深く関わりがあります。転移魔法を自由に使うラス隊長が未だにイアムを見つけられない。それ程の事件、という事です」
「むむむ」
目を細めながら、彼女は腕を組む。僕とオルの顔を交互に見ながら、喉を鳴らす。眉をよせて、困った表情を浮かべているのは明らかだった。
ーー迷っているわけじゃなさそうだ
僕たちに協力するか、しないか。その域に達していない。サイコメトリーを使わない理由は、法で縛られているから。どんな事情かはどうでも良い、そういう心情が伺えた。
彼女の選択は最初から決まっていて、僕たちをどうやって追い返すか、その方法に困っているようだった。
イアムの失踪という、我ながらいい嘘を考えたと思ったのに。セリュナーには全く響かなかったらしい。
だけど、優しい女性だと思った。僕たちを出来るだけ傷つけないようにしているのだ。紹介したルミの顔に泥を塗らないようにもしている。
ーーその優しさは弱みだよ
「この事件、終わりは見えません。ラス隊長はセリュナーさんの身を案じて話していないようですが、僕たちは考え方が違う。失踪なんて、普通じゃないんですよ。そういう魔法か、自然現象か。手がかりがない状態は危険です。過去を見ることが事前の対策に繋がるんですよ」
「うーん」
「今回はイアムでしたが、次は貴方の大切な人かもしれないんですよ」
ぴくりと、耳が動く。卑怯な手かもしれないが、僕たちには時間が無い。次の被害者が出るかもしれないというのは本当なのだから。
「新たなる被害者を出さないためにも、ここは折れてもらえませんか?貴方にも、守らなければならない家族が…、ひゃっ」
唐突のこそばゆさに、思わず跳ね上がる。自分の口から出た甲高い声に頬を赤らめながら、隣の少年を殴る。どうやら、こいつが僕の脇腹を触っていたらしい。オルは打撃にびくともせずに僕を見ていた。
「何」
「おに、モニちゃん。ペラペラと喋りすぎ。ちょっと怖いよ」
「お、あ。うん。ごめんなさい、セリュナーさん」
僕の謝罪に、彼女は慌てて両手を前に突き出す。
「いや、良いのよ。二人は仲良いのね」
「はい!俺たちは仲良しなんだよね!そうだモニちゃん、ハグでもする?キスでも良いんだよ、俺は」
「しないよ、馬鹿」
オルは唇を膨らませながら、文句を言う。僕たちの様子を見て、セリュナーは微笑ましそうに笑っていた。
笑われていることに気がついた彼は、少し頬を赤らめる。瞳だけをゆっくり動かし、セリュナーの目を見つめた。
「ところで、俺も話して良いかな。セリュナーねーさん」
「どうしたのかな?オル君」
ーー流石、うまいな
一連の流れは、全て彼の仕組んだ出来事だ。僕は心の底からオルの話術に感心していた。
僕が話を捲し立て、会話の緊張感を高めた。そこに水を差し、一ボケかますことで場を和ませた。人懐っこい笑顔はセリュナーの心を掴むだろう。そして、その後の緩急のある表情の変化。
この場を支配していたのはオルだった。思わず見惚れる表情は、前世のマキを彷彿させた。自然と人が集まる、引力の籠った笑顔だ。
「セリュナーねーさん。ラーシーと付き合ってるでしょ」
「はぁ!!?」




