54.最高なサマリー1
【魔暦593年07月03日09時40分】
天才魔法使い、セリュナー。
幼少期から魔法に目覚め、一級魔法使用免許を一発で取得する。学生時代には独自で魔法を発明、魔法学院からスカウトされるが、「村に残りたいから」という理由で断る。
卒業後、警備隊員に入隊する。実力に対して地位が低い、天才魔法使いの名はセリュナー。
勿論、僕はセリュナーのことを知っている。村長の娘として、知らない村民などいない。だけど、彼女とはほとんど接点がなかった。
ヘルト村の北部、その外れに住んでいる彼女とは会う機会がないからだ。一匹狼の変わった奴という話を聞いたことがある。
そもそも、北部には学校の敷地が広がり、住宅は細々と広がっている。そこからさらに歩いて、村とロスト山の境界にある川の辺りに、セリュナーの家はあった。
余談だが、この周辺には警備隊員らがよく住んでいる。ロスト山は危険地帯なので近くに家を建てるものは基本的にはいない。彼らのような対処できる人間しか、住むことが許されていないのだ。
僕の数少ない話し相手である、ラーシーもその一人だ。彼の家も、川沿いの奥にあった気がする。
「わあ」
思わず、感嘆が溢れる。それはオルも同じだったようで、瞳をキラキラと輝かせていた。
セリュナーの家自体はヘルト村のよくある木造建築だ。しかし、周辺には色鮮やかな花が咲乱れ、異質さを醸し出していた。前世で想像する通りの、魔女の家といったところだ。
四季を無視した七色の庭園は、どうやって維持しているのやら。魔法で植物を管理しているのか?
景色に飲まれていた僕達をおいて、ルミ慣れた動きでドアを乱暴に叩く。
「はーい」
ドアがゆっくりと開く音が聞こえると、その奥から一人の女性が現れた。
知的な印象を与える、美しいくつろぎの中に鋭い視線が宿っていた。
彼女は繊細な顔立ちの持ち主で、瞳は深い琥珀色に輝いていた。その目の上には、細い銀のフレームの眼鏡がかけられており、そのレンズ越しに見る目は更なる深みを感じさせた。
髪の端々には、色とりどりの花々の飾りが織り交ぜられており、その個性的な装飾が、彼女の神秘的な存在感を一層際立たせていた。
が、それも束の間。ルミの姿を見るなり、彼女は大きなため息を吐いた。全身から脱力し、知性的な瞳も繊細な顔立ちも失われた。
「げぇ、ルミ」
「よ、セリュナー。何でおめかしなんかしてんだ?」
ずかずかと部屋の中に入っていくルミを止めることもなく、セリュナーは項垂れる。来客に備えて気を張っていたのだろうが、本来の性格はこうなのだろう。ルミに振り回されそうな雰囲気をしているし。
残された僕達は、二人して同時にお辞儀をする。打ち合わせをしたわけではないが、オルは僕の意図を性格に汲み取ってくれた。
「セリュナーさん、今日は突然訪れて申し訳ありません。会ったことはありますが、こうして話すのは初めまして、ですよね。僕は村長ロイの娘、モニ・アオストです。で、こっちの赤髪の少年が」
「ラスの息子、オル・スタウです。姉がいつもお世話になっています。父からもセリュナーさんの話は聞いています。会えて嬉しいよ!よろしくね!」
「お、おお。年下にこんなにも丁寧な子たちがいたなんて。感動」
瞳を潤わせ、眼鏡を外しながら涙を拭く。
友達の少ないルミが打ち解けていることから、付き合いはかなり長い様子だ。
僕とオルの類型年齢は、30歳を超えている。人生経験はそこそこ豊富だ。大人のアプローチ手段は熟知している。
ルミが雑に対応するなら、僕たちは丁寧に距離を詰める。普段ルミに溜まった不満を、僕たちが解消するのだ。
サイコメトリーという便利な魔法があるなら、是が非でも使ってもらわなければならない。
「僕たちも、お邪魔していいですか?少しだけですので」
「ええ、礼儀正しい子は好きよ」
***
「ルミが4歳から6歳の2年間、魔法を教えただけ。だから、師匠弟子の関係なんてものじゃないし、あいつが勝手に言ってるだけなの」
「それにしては、好き勝手やらせているようですが」
一人暮らしということもあってか、家はそこまで大きくない。用意された椅子に座る僕たちにお茶を振る舞い、セリュナーも正面に座る。
彼女はお茶を一口飲んだ後、ルミの方へ視線をずらす。本棚をから本を取っては捨て、散らかしていく彼女を見てため息をこぼす。
「子供にとっての2年間はとても長いからね。その分、仲は深まったんじゃないかな。あの子、友達も少ないでしょう」
「僕しかいないですし、僕とも絶交中です」
「何だそりゃ。まあ、悪い子じゃないのはわかってるから。私も嫌いじゃないのよ」
「仲良いんですね」
「うん。いや、なんかむかついてきた。ルミ、ちゃんと元に戻しておきなさいよ!」
気になる魔導書でも見つけたのか、気の抜けた返事だけをしてこちらを見もしない。セリュナーは気にした様子もなく、僕らに視線を戻す。
「で、何のようなの?ルミだけじゃなくて、オルくんとモニさんが来るなんて、貴方達が何かようがあるんでしょ?」
ずれていた眼鏡をただし、セリュナーは真剣な目でこちらを見る。天才魔法使いというだけあって、話も早い。
「はい。と言っても、そのルミのアイデアなのですが。単刀直入に言います。セリュナーさん、貴方の魔法が使いたい」
「嫌よ」
きっぱりと、彼女は言い切った。最初からそのお願いが来ることを知っていたかのようで、やや食い気味だった。
「何でですか?」
「私の魔法は知ってるんでしょ?サイコメトリー、魔力の残穢から過去を再現する魔法。これは一級相当の魔法として評価を頂いているわ」
「はい、ルミから聞いてます」
「聞いてるならわかるでしょ。高レベルの魔法を使うには許可状が必要なのよ。悪用されないように、沢山手続きを踏まなきゃ行けない。だから、魔法は使えません」
理路整然と話すセリュナーは、流暢に話した。己の言葉に納得し、深く頷く。自分自身に言い聞かせるために話したかのようだった。
彼女の言うことは全くもって正論である。「便利な魔法があるから使ってください」なんて事が通れば、あっという間に治安崩壊だ。まして、魔法学院警備隊のセリュナーにお願いすることはもってのほかである。
セリュナーとの対話を完全に僕に委ねていたオルは、ぽつりと言葉を漏らした。
「父さんは魔法はバンバン使ってるけど」
「ラス隊長は別よ。警備隊長なんて、この村の長みたいなものなんだから。自己判断で魔法を使えるのはそのクラスの隊員だけよ。勿論、魔法学院本部から自由に魔法を使う許可が降りてるんでしょうけど」
「へー。お姉ちゃんは?」
セリュナーはため息を吐きながら答えを返す。
「ルミに許可なんて降りるわけないでしょ。全く、魔法は犯罪を助長するってあんだけ教えたのに」
魔法を使うには免許と許可証が必要。身近の魔法使い二人が異例だったから、そんなにも単純な障害に気が付かなかった。
だからと言って、とんぼ返りするわけにはいかない。
僕はだされたお茶を一口飲み、息を大きく吸う。セリュナーを見つめ、彼女の表情の些細な変化も見落とさないつもりでいた。
「イアム・タラークをご存知ですか」




