49.語るまでもない2
【魔暦593年07月02日19時21分】
数時間監禁されていたから、自由に歩けるというだけで嬉しい。心なしか体は軽く、ふわふわと浮いているかのようだった。
薄暗い牢獄は意外にも近くにあった。アオスト家から徒歩数分にあるスタウ家、その中のオルの自室。僕も何度か入ったことがあるその部屋には、地下への階段が隠されていた。
スタウ家は、旧魔法学院警備隊ヘルト村支部をラス隊長が改造したものだ。今や大広間に君臨しているヘルト村支部も、昔はこんな森の中にあった。
治安維持の一環で、牢獄が用意されていたのは当然だ。オルは僕を監禁するにぴったりの場所を見つけたというわけだ。
ルミが自力で牢獄を見つけられたのも、怪しんでオルを尾行をしたからだ。もし彼女が気がつかなかったら、僕は一生外に出ることはなかっただろう。
僕たち三人は、それぞれ蠢く感情を抱えながら、地上に戻った。事情を何も知らないルミの母親に招待され、誕生日パーティーのど真ん中にいるというわねだ。
祝われる対象はもちろん、7月1日生まれの僕とオルだ。
「モニ。誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
この合同誕生日パーティーは、毎年恒例だった。といっても、今年のパーティは今までとは訳が違うが。
まず、1日遅れということ。昨夜は殺人事件があったから開催されなかった。
そして、参加者が極端に少ない。アオスト邸の大部屋で行われたにも関わらず、七人しかいない。アオスト家には多数の従者がいるが、今朝から休暇を出したらしい。
誰が異人かわからない状況で、家族以外を追い払うのは当然の判断だ。ロイの行動の速さには関心する。
誕生日会の準備は事態は昨日済ませていたので、装飾は例年通り派手だ。
煌びやかな飾りつけがされた会場に、少ない料理。事前にクリームシチューを食べていてよかった。従者がいないので、料理は出てこない。
ヴァニやオルの母親に挨拶をし、部屋の隅でジュースを飲む。オルやルミ達は、別の場所で何か話し合っていた。
ーーなんだかな
脳内には、数分前に聞いたオルの前世の話が残っていた。
入江マキは佐藤ミノルを追うように死んだ。絶望のまま、自らの命を断った。僕のせいで、彼女は死んだのだ。
その事実は重くのしかかり、気力を削いでいった。
「はぁ」
再び会えたのだから、結果オーライと言う楽観。13年間、妹の転生に気づいてあげられなかったことへの無神経さへの呆れ。マキに自殺という手段を取らせた自分に対する怒り。
三つの思考はぐるぐると脳内を回る。全て事実だから、終わりなんてない。全てが結論として完結している。だからこそ、やるせない。
憂鬱とした僕に影を落とすように、誰かが前に立つ。顔をあげると、グラスを片手に持ったロイがいた。顔はやや赤らめていて、酒を飲んでいるのが分かる。
「誕生日おめでとう。一日遅れですまないな。今だけは事件のことをおいて、ゆっくりと休め」
「ありがとう。そうしようかな」
「というか、モニ、その恰好はなんだ?」
怪訝そうに見下ろすロイに、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
僕の服装はいつも同じだった。白のブラウスに紺のスカートという、学校の制服だ。
しかし、お気に入りだった清楚な正装はボロボロになってしまった。ロスト山を転がり落ちたし、地下室では地面と床に擦れてしまった。とてもじゃないが着れるものじゃない。
何よりの問題は、首元に残ったあの痣だ。オルに首を絞められたその手形は、僕の肌にくっきりと跡を残していた。
彼は本気で僕を殺そうとしていた。その原因は僕にあるから仕方がないとはいえ、治るのには時間がかかるだろう。
そこで、オルが渡してくれたのがこのローブだ。全体的に闇を感じさせるような黒で、正直言って初めて見たときは気味が悪いと感じた。
だが、実際に着てみると全く違った印象に変わった。首元まで隠れたデザインのおかげで、顔が小さく見える効果がある。いつもとは違う、何となくミステリアスな雰囲気を漂わす。
何より、オルが何かをくれたというのが嬉しかった。
「似合ってるでしょ」
「まあ、うん、いいか。魔道具を身に着けるにこしたことないしな」
「ふーん?」
どうやら、この黒のローブは魔道具らしい。名門スタウ家の当主であるラス・スタウは魔道具のコレクターだ。スタウ家には質の良い魔道具が揃っている。何気に良いものをもらったのかもしれない。オルが父親に許可を取っているのかは知らないが。
「ところで、お父さんに話したいことがあるのよ」
僕は立ち上がり、部屋の外に向かう。母親たちには聞かせられない、重要な話だ。
殺人事件についての進捗報告。僕の場合は進展どころか後退しているが、殺人鬼の正体は入江マキではなかったと伝えなければならない。
僕の誘いに驚きもせず、ロイは真面目な顔つきでこう返した。
「奇遇だな。俺もモニに話さなければならないことがある」




