44.姉弟邂逅1
【魔歴593年07月02日19時00分】
「僕たちは、山荘の周辺を探索した。足跡がある雪に残されていると考えたからだ。しかし、雪景色には一切の形跡がなく、地下や屋根裏といった可能性も排除した。結果、僕たち以外にこの場にいる者はいないことが確認できた。それは間違いない。あの雪山山荘に、人が隠れられる場所など一つもなかった」
あの雪山山荘は密室で、登場人物は7人しかいない。外部犯の可能性は無いと断言できる。この事実は、揺らぐことはない。
オルの顔を正面に見据えながら、僕は話を続ける。
「それなのに、僕は死んだ」
マキを殺人鬼だと考えるには二つの大きな理由がある。一つは、『彼女以外に殺害可能な人物がいない』こと。もう一つは、『全ての第一発見者がマキである』という事実だ。
一つ目については語るまでもない。僕とマキしか生存者がいない山荘で、僕は死んだ。それだけだ。
二つ目は、かなり根深い。村田アイカ、如月ランの死体を最初に見つけたのはマキだ。彼女に導かれるままに、生存者たちは死体の元に集合した。
さらに、イアム・タラークの死体だってそうだ。オルが死体に足を引っ掛けて倒れたことから、殺人が認知された。第一発見者を犯人だと考えるのは仕方がないことだろう。
ミステリー小説だったら、死体の偽装だったり、隠し通路があったり、そういう展開があるだろう。だけど、その可能性もない。
僕が最後に時計を確認したのは、11:30頃。時間を見積もって、僕の死亡推定時刻は12:00といえるだろう。つまり、立花ナオキたちの死体を発見してから、2時間山荘の探索を行った。
ほかの5人の死体は何度も確認したし、すべての可能性をつぶす時間は十分あった。
「あ、ああ」
オルは僕の目を直視できず、目が激しく揺れていた。彼と体を密着させているため、心臓の音がはっきりと聞こえた。その鼓動は加速度的に速くなり、彼の表情は一変した
額には汗が浮かび、歯ががちがちと音を鳴らす。
「お兄ちゃんが、死んだ」
「そう、あの日、僕は死んだ」
「お兄ちゃんが死んだ、お兄ちゃんが死んだ、お兄ちゃんが死んだ、お兄ちゃんが死んだ」
オルは壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返す。
「お兄ちゃんが死んだ。お兄ちゃんが死んだ」
「オ、オル?」
「死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ」
目は虚ろで、呼吸も洗い。その様子は、マキがパニックを起こすときにそっくりだった。
僕は思わず彼の背中をさする。前世ではよくある光景だった。
「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」
ーー何が大丈夫なんだよ
自分の行動の矛盾に呆れて笑ってしまう。妹を殺人鬼だと決めつけ、問い詰め、今では彼女の背中をさすっている。
細いマキとは違って、オルの体は筋肉質だった。それでも、背中からは彼の尋常じゃないほどの不安、恐怖が伝わってくる。
ーーやっぱり、マキじゃないのか?
僕がずっと感じていた違和感。
客観的事実以外に、マキが殺人鬼である証拠がない、ということ。
僕と彼女が過ごした8年間も、転生後のオルとして生きてきた13年間も、こいつは普通だった。前世では僕、現世ではルミに、狂気性を隠し続けた。転生後に話しても、彼の性格は以前と変わらないものだった。
ーーくそ、馬鹿か僕は
ーー入江マキが佐藤ミノルを殺すわけないだろう
ーー気がつくのが遅すぎる
転生してから16年経過した。そんな当たり前のことを、今まで信じることができなかった。客観的事実だけで犯人を決めつけてしまった。
オルのこの反応で確信した。
雪山山荘殺人事件も、イアムを殺したのも、入江マキは関与していない。
「オル、僕たちはこうして会えたんだ。話したいことなんて山のようにあるけど、それはまた今度だ。今は少しでも真犯人の情報が欲しい。もう一度聞く。あの日、何があったの?」
僕の声に応じるかのように、体から震えが消えた。ぶれぶれだった目線も定まった。
「お兄ちゃんが死んだ後」
「うん」
「赤い柄の包丁が一本、キッチンで見つかった。血も汚れも全く付いていない、新品の包丁が一本だけ。赤い柄の包丁は、山荘には六本しかなかったんだ」
「六本?どういうこと…」
僕のことなに被せるように、オルは言葉を続けた。彼の瞳は僕を見ているようで、朧げだった。
「失敗した。殺人鬼は失敗したんだ。だから、この世界でも七連続女性刺殺事件の再演を行おうとしている。一人目として、イアムは殺された。これからも、残り6人の呪われた人々が殺される。でも、そしたら、お兄ちゃんはまた犯人を探すんだ。お兄ちゃんはいつだってそう。探して、捜して、探して最後には殺される。どうせ殺されるんだもの」
突如として彼の手が僕の首に回った。何が起きたのか理解できずにいると、彼の手の力が増していく。
「お兄ちゃんがこの牢獄から出ようっていうなら、もう死ぬしかないよね」
笑顔で首を絞める彼の表情は、まるで他人のようだった。僕の華奢な体は、オルの握力によって悲鳴をあげる。
「お、ぐ」
息ができなくなり、視界が揺らぎ始める。それでも抵抗する力は残っていた。けれど、僕の手が彼の腕に触れることすらできず、どんどんと力が抜けていった。
「マ、キ…」
「安心して、お兄ちゃんが死んだ後、私もすぐに死ぬから。転生後にまた会えたんだもん。次だってきっと会える!今度は殺人とか事件とか無縁な、幸せな世界が待っている筈だよ!」
オルはマキだった。
それは間違いない。
でも、だからこそ、手遅れだった。
僕に、佐藤ミノルに異常なほど依存していた彼女のことだ。
ーーあのマキが、佐藤ミノルを失って正常でいられるわけがない
彼の顔が徐々に遠ざかっていくように感じた。耳鳴りがし、心臓の鼓動だけが大きく響いていた。彼の手の力が増すたびに、僕の意識は次第に遠ざかっていった。
全てが遠くなり、音も色も感覚も消えていく中で、彼の顔だけが僕の視界に焼き付けられていた。
「ちょっと」
が、突如として視界の色が急速に戻る。
オルの手が離され、僕は床に倒れる。僕は大きく咳き込みながら、脳内に酸素を送る。汗と口内に広がる血の匂いが気持ち悪かった。
ぼやけた視界で顔を上げると、オルは既に僕を見ていなかった。
彼の視線の先には、一人の少女が立っていた。オルと同じ赤い髪で、燃えるような瞳を持った少女。
「邪魔しないでよ、お姉ちゃん」




