41.兄妹邂逅4
頭を抱えながら、ルミは僕を見つめた。問いかけというよりも、懇願に近い叫びを、彼女は僕に向けた。
「否定してくれよ。あたしの弟が異人で、しかも殺人鬼だったなんて。何かの間違いだよな。だって、それが本当なら…」
「オルは、マキだよ。間違いなく」
決して突き放すように言ったわけではない。僕は事実を述べたまでだ。それでも、僕の言葉に絶望したかのように口を開け、目を伏せる。
ーー僕も、さっきまではこうだったのかな
ルミもまた、僕と同じ状況になったのだ。今まで家族だと思っていた存在が、まったく別の、しかも殺人鬼だったと判明した。一緒に過ごした時間が、裏目にでる。無条件で信頼できる、そういう常識が失われたのだ。
しかも、僕はオルに明かされるまで、その正体を見抜くことができなかった。だけど、ルミは違う。
彼女がここにいるということは、オルの正体を自力で暴いたのだ。どのような経緯があったかはわからないが、ここに来るまでの彼女の心境は想像できない。
「家族のことは、家族にしかわからないんじゃないのかよ」
ルミの声は細く、しかし確かだった。
「いや、今はいい。考えるな、考えるな」
自分に言い聞かせるような彼女の声は、感情を抑えきれずに漏れ出ていた。自身の手を強く握りしめ、震えている。その瞳に映るのは、裏切られたという感情だけではなく、無力感と絶望も含まれていた。
それでも、僕を助けることを優先する彼女は強い。自分の理解よりも、現状の解決を第一とした。彼女は僕に手を伸ばし、「早くしろ」と催促する。
彼女の手を掴もうとして、僕の手は止まった。鎖も、拘束具もない、自由で軽い手なのに、後一歩動かなかった。
ーー家族のことは、家族にしかわからない、か
ずっと感じていた違和感がある。それが、ルミの顔を見ているとじわじわと表面にあふれてきた。
心の隅にぽつんと浮かび上がる『それ』を、僕は見ないようにしていた。考えないようにしていた。
だってそうだ。もし、その違和感に気がついてしまったら、自分のことを嫌いになってしまう。一度決めたことは、最後まで貫くべきなのだ。
2023年の雪山山荘は密室で、集められた7人の遺児達以外誰かがいた形跡はない。あの場には7人しかいなかった。それは何度も証明した。そして、僕が死ぬ瞬間に生きていたのはマキだけだ。
客観的事実からして、入江マキが佐藤ミノルを殺したのは間違いない。彼女以外に、僕を殺せた人物はいないのだ。
ーーでも。
ーーそんなやつが、万年筆のことなんか覚えてるか?
オルは、ルミが拾った万年筆の異物をやけに欲しがっていた。「どれだけ殴ろうと、今回は諦めが悪かった」とルミが言っていた。「本当に大切な万年筆だった」とも、オルは言っていた。僕が捨てた万年筆を、オルはずっと求めていた、ということだ。
ーーあんな笑顔でクリームシチューをふるまえるのか?
ーー来世でも、僕の妹のふりをし続けるのか?
僕の脳裏に、先ほどのオルの言葉が響き渡る。
『大丈夫、今度は私の番だから』
ーーくそ、いいのか?
ーーいいのか、『そういう』風に考えて
これは、僕の願望だ。こうあってほしいと願う、ただの妄想だ。
それでも、もし。
もし、すべて間違っていたとしたら。
何かを見落としていたとしたら。
すべて、僕の勘違いだったとしたら。
僕たちが、再び家族に戻っていいのならば。
動かない僕にしびれを切らしたのか、ルミが僕の手を取る。ぐいっと力強く引き寄せられ、彼女の顔が目の前に迫る。
「おい!オルがいつ戻ってくるかわからないんだぞ!なにぐずぐずしてんだよ!」
「ごめん、ルミ」
「ああ!?」
僕の言葉に、ルミは固まった。それから、彼女の目に怒りと困惑が交差する。
「僕はまだここから出れない」
「はぁ?なに言ってんだ。オルが、入江マキなんだろ。あたしたちを、ずっとだましていたんだぞ」
「うん」
「意味がわからない!ここに残るって、この牢獄に?何のために?まさか、ここに来て殺人鬼側に着こうなんて思ってないよな」
彼女の激動は続く。
「今生きているのが奇跡なのかもしれない。いつ殺されるかもわからないんだ。イアムだって!お前は残された奴の気持ちを知らないんだよ!」
「うん」
「おいおいおいおいおいおい。あたしの聞き間違いだよな?早く行くぞ。村長と合流して、父さんを呼ばないと!」
「ごめん、ルミ」
僕は、彼女の手を振り払い、落ちている拘束具を再び自身の手にはめた。すでに半壊しているそれに本来の意味はない。それでも、今はこの重みがマキとの繋がりを感じさせた。
そのまま、元の場所に座る。
「僕はまだ、オルと、マキと話せてないんだ。妹と、家族として」
ーー家族のことは、家族にしかわからない
奇跡は一度起きている。彼女との話し合いの場を、僕は異世界で手に入れたんだ。
なら、逃げることは許されない。
僕は入江マキの兄、佐藤ミノルだ。
僕のその様子に口を大きく開け、ぱくぱくと開閉する。少し間をおいて、彼女は勢いよく背を向けた。
「ああ、そうか。そうかよ!!じゃあ、勝手にしやがれ!」
「ごめん」
「モニのことなんかもう知らん!絶交だ!くたばれ!勝手に死んどけ!」
「ごめん」
彼女の声は怒りと失望に満ちており、そのまま牢屋の扉を開け、僕を置いて行った。響く足音は急に遠くなり、再び僕は闇と静寂に包まれた。
ルミの激昂と失望、そして何より彼女がここに来てくれたことが、僕の胸を締め付ける。自分の感情よりも僕を助けようとするルミを、僕は裏切った。それでも、これが僕の選んだ道だ。ルミの表情にどれほど心が痛んでも、僕はここに留まると決めた。
***
静寂を裂く軽やかな足音が、階段から聞こえてきた。ルミの足音とは違う、高らかなリズムから、オルが向かってくることはすぐに分かった。
「お兄ちゃん、歯磨きの時間ですよー」
声の主は、満面の笑みを浮かべたオルだった。彼は楽しげに、何も問題がないかのように僕の元へ歩み寄った。
ーー怖いな
怖い。僕の予想が正しければ、雪山山荘殺人事件は悲惨な結末を迎えたはずだ。誰も幸せにならない、殺人鬼すら、呪いに包まれた悪夢と言えるだろう。
その証明を、問いかけを、今からオルにしなくてはならない。それが、僕が転生した理由なのかもしれない。
彼が僕に顔を近づけた瞬間、ぼくは彼の体に抱きついた。見るからに意外そうな表情を浮かべ、オルは少し混乱している様子だった。少し頬を赤らめながら、上ずった声で僕に問いかける。
「お兄ちゃん? な、なに?ってあれ、拘束具は?」
それでも僕は放さなかった。この距離なら、彼がどう反応するか見極めることができる。そのまま彼の目を真剣に見つめながら、僕は問いかけた。
「あの日、何があった?」




