36.家族にしかわからない6
【魔歴593年07月02日14時20分】
事前に村長から聞いた情報を記しておこう。
イアム・タラーク、31歳、女性。
大広場を盛り上げている、八百屋の店員。平日は朝早くから大広場を活気付け、明るい笑顔に惹かれる村民は多かった。
彼女の両親は物心がついた時からパラス王国に去っていった。新しい事業を始めると、家族で引っ越したのだ。しかし、イアムは一人で村に残ると言い張った。
そして、子供が一人で残ることは、この村では珍しいことではなかった。近所間の交流は密で、子供だけでも生きていくのは容易だからだ。
同じく八百屋の店員であるリーチ・タラークと結ばれたのは必然だった。二人は数年の交流を果て結婚。幸せの絶頂の最中、事件は起きた。
「イアムは人当たりのいい女性という印象しかない。勿論、誰かに恨まれるような奴でもなかった。近い人間として、何か気になることは無かったか」
村長は神妙な顔つきで話す。彼の発言は、「イアムに殺されるような原因があったんじゃないか」という質問にも聞こえる。なかなかに失礼な話だ。
だが、イアムに怒り狂っているシエラならば答えてくれるのではないか。そう思う気持ちはわかる。
彼女の交友関係、家庭環境、その他諸々…。必要な情報は無数にある。なにが入江マキに繋がるかわからない。殺人鬼の手がかりは、イアムにある。
「気になること…、あったら兄ちゃんの結婚なんか許してない!」
「どういうことだ?」
「イアムさんは完璧な女性だったんだよ」
熱く声を荒げるシエラを制するように、スカーが言葉を足す。
「俺たちはシエラから散々愚痴を聞いていたからね。多少の内情は知っているつもりだよ。イアムさんとも何度か話したことはあるけど、彼女ほど理にかなっていた人はいない。なんていうか、発言が達観していたんだよ」
「達観…」
「大人だったんだ。誰よりも」
ーー31歳なら、普通に大人じゃん
と、口に出しては言わなかった。流石に空気は読める。あたし個人の感想はどうでも良い。今は、口が回っているこいつらに話せるだけ話させたほうがいい。
どうやら、スカーやシエラだけが考えていることでもないらしい。後ろのリエッタやデルタも、深く頷いている。彼らの共通認識として、イアムは大人な考えを持っている、とのことだ。
「勿論最初は気に食わなかったさ。だけど、イアムの完璧さは認めるしか無かった。あいつと話すたびに、良いところばかり見えてくる。惹かれていく。次第に、私もイアムのことが嫌いじゃなくなってきた。だから、イアムとリーチ兄ちゃんとの結婚も、悪くないかなって思ってたんだ」
「ふむ」
「子供もできて、兄ちゃんもどんどん大人になっていった。その矢先に、イアムは死んだ」
顔を真っ赤にしながら話していたイアムは、次第に青ざめていった。そのままぶつぶつと小さく言葉を続けたが、所々しか聞き取れない。
「家族のことは、家族にしかわからない。兄ちゃんの気持ちは、私にしかわからない。でも、イアムのことまでは…、私はわかってあげられなかった」
シエラの瞳から涙が溢れる。
何とも複雑な感情だ。大切な兄を取られたイアムに対する怒りと、新しい家族を失った辛さ。もっと話しておけば良かったと思っても、イアムはもういない。
「そうか。ありがとう、シエラ」
「村長、犯人は捕まえられるのか?」
「安心しろ。俺は魔王を倒したことがある。この村の平和は俺たちが必ず守る。シエラは、リーチのそばにいてやるんだ」
「うん…」
項垂れた彼女から先程までの活気はなく、子供のように泣き始めた。結局、感情の整理が付いていなかっただけのようだ。
後ろからリエットが彼女の背中を摩り、慰め始めた。リエットはあたし達に軽い会釈をし、タラーク家の中に入って行った。
「君たちは、何かあるか?」
「そうですね。この事件って、僕たち以外に誰が知っているんです?」
残されたデルタは、頭をかきながらそう言った。表情には焦燥が浮かび、参ったなと言う言葉も出ていた。
彼らもまた、殺人事件が魔王によって引き起こされている、と気がついたようだった。
彼はチラリとあたしの方を見て、不安気に続ける。
「ルミさんも知っていると言うことは、僕たち以外にも知れ渡っているってことですよね」
「いや、この子は第一発見者だった、と言うだけだ。事件については、警備隊の一部と俺、君たちだけだ」
「う、うわぁ。やっぱり。それじゃあ、めちゃくちゃ危険じゃないですか、僕たち」
「いつもと違う行動をとらない事が、安全に繋がる。この村は小さい。変な行動をしたら、すぐに目立つからな」
「うぐ、そうですね。明日から学校に行くことにしよう」
デルタはあわあわと口を籠らせながら、村長に感謝を伝える。そのまま、村長は彼らと会話を始めた。
ーーまあ、これが普通の反応か
巻き込まれた一般市民、と言う意味ではあたしとデルタ達は立場が近い。彼らはイアムの死によって日常生活に終わりを迎えたのだ。
真実を知っているのは、今はまだあたし達しかいない。シエラはデルタ達という信頼できる仲間もいる。だから、支え合うことはできるだろう。
しかし、モニの話から考えたら、殺人事件は続くだろう。そうしたら、村中が疑心暗鬼になってしまう。全員がリーチのような悲惨な表情を浮かべ、デルタのように震えながら暮らすのだ。
ーーそんなのは絶対に嫌だ
そんな窮屈な世界、つまらないに決まっている。
大体、前世とか訳のかわからない仕組みがあるのがよくないんだ。例外が混ざってしまうと、日常は保てない。
あたしはモニと日常を過ごしたいだけなんだ。
どうにかして、犯人の手がかりを探さないと…
「ところで、ルミちゃんは、何でいるんだい?」
「へ?」
突然、会話の矛先があたしの方向に向く。話を何も聞いていなかったから、情けない声が出てしまった。
赤らんだ頬を手で隠しながら、顔を上げるとスカーが一人でにこちらに来ていた。彼の奥で、デルタと村長が会話を繰り広げていた。
「なに?さっきも村長がいってたけど、あたしが第一発見者なの」
「うん。それは知ってる。今は、何してるの?第一発見者だからと言って、リーチさんの様子を見にくるのは余計じゃないかな」
「ああ、喧嘩売ってるのか。いいよ、買うよ」
あたしが拳をあげると、スカーは慌てた様子で両手をあげてこちらを制する。
「いやいや、誤解だ。不快にさせてごめん。純粋に、すごいなって思ったから気になって。普通は、デルタみたいにビビっちゃうもんだぜ」
ーーこいつは全くビビってなさそうだけど
飄々とした様子でスカーはこちらを見つめる。自身の面が良いことを知っている、男の動きだ。あたしも舐められたものである。
「その立派な精神を、少しでも知っておきたいなって思って」
「はあ。まあ、何でここにいるか、に対する答えは『呪いを解くため』、とでも言っておこうかな。スカーも、死にたく無かったらあたしみたいに首を突っ込まないことだね」
「まったく、勇敢なお嬢さんだ」
それだけを言って、あたしは村長の元へ駆け寄った。
そう、あたしの目的は呪いを解くことだ。村の平和を守るとかは二の次。
モニの前世から続く、この呪いを。
あたしの手で、終わらせるのだ。




