35.家族にしかわからない5
【魔歴593年07月02日14時06分】
村長とあたしは軽い話を交わしながら歩いていた。しかし、目的地である一軒家に到着すると、その軽やかな雰囲気は一変した。
大広場から歩いて数分。ヘルト村西部の住宅街。ロスト山の入り口からはこの村の中で近い方だ。
ーー殺人現場とは、割と近いな
イアムの死体を見つけたのは、西部のロスト山と南部アオスト邸を繋ぐ、村の外周だ。ヘルト村南西部の端と考えていいだろう。
ヘルト村南部はアオスト邸がある森林が広がるくらいで、一般村民は住んでいない。つまり、殺人現場から最も近いところの住宅街にイアムは住んでいた、というわけだ。
事件当日、イアムは家を出て、ロスト山の方向に向かった。そして、そこで殺された。
いや、それなら南西部にいるのはおかしい。彼女は何であそこにいたんだ?
南部にある森林に向かっていた…、それとも魔王が死体を移動させた?
ーーうーん
何か情報になるかと思ったが、何も思いつかない。
ーーま、いいか
推理はモニの仕事だ。深く考えるのはやめよう。あたしは首を傾げながら、村長に着いていく。
家のドアをノックすると、疲労困憊とした表情の男性が顔を覗かせた。その男性こそ、イアム・タラークの夫、リーチ・タラークだった。彼の顔色はすっかり悪く、彼自身が立っているのが辛そうだった。
「お悔やみ申し上げます」
村長は頭を下げ、あたしも続いた。リーチも頭を下げて、無言であたし達を部屋に招く。
室内は木造で質素な作りになっていた。といっても、ヘルト村はほとんどがこのような作りをしている。
例外は、警備隊隊長と村長の家だけだ。
リーチとあたしは何度か会ったことがある。二十代後半でヘルト村では若い部類だ。大広場ですれ違った時には軽く挨拶をする程度の関係だ。明るく人当たりの良い男だったのを記憶している。
彼の目からは涙が溢れ、顔には無理矢理笑おうとする痛々しさが浮かんでいた。あたしの目の前に座っている男が記憶の中のリーチと同じ人間だとは思えないほど、イアムの死によって全てを失っていた。
彼の声は風が吹き抜けるように静かで、何も語らない。村長は優しく、ゆっくりと彼に話しかけた。
「リーチ、俺たちは事件を解決し、彼女の無念を晴らしたいと思っている。何か少しでも気になることがあれば、教えて欲しい」
村長の話だ内容は端的で、必要なことがまとめられていた。それでも、リーチはしばらく無言で床を見つめ続けた。その後、深く息をつき、震える声で答えた。
「私は、私はもう…」
その言葉の後、彼の声は絶えてしまった。目元が赤くなり、潤んだ瞳から涙がこぼれ落ちる。彼はそのまま身を縮め、何も言うことができなくなってしまった。
見てるこっちまで、涙が出てきそうになった。
ーー人が死ぬというのは、こういうことなのか
寿命以外の三つの死因は魔獣、呪異物、魔王。あたしは何となく、老衰で死ぬんだろうと思っていた。ヘルト村では、どれもが無関係だと、そう考えていた。
だが、イアム・タラークは殺された。その事実があたしに重くのしかかった。
ーー確かに、あたしに危機感が無かったな
父さんの言葉を思い出す。人が死ぬということを甘く考えていたのかもしれない。
「村長…」
「そうだな。今日は帰るよ。リーチ、今は休むんだ」
リーチはまだ何も言わず、ただ静かに涙を流していた。彼の手は冷たく、力が全く入っていなかった。だけど、あたし達に彼の気持ちを理解することはできない。
「邪魔したな。何かあったらいつでも頼ってくれ」
***
【魔歴593年07月02日14時16分】
家を出ると、外にいた若い男女四人組が私たちの方を見つめていた。明らかにあたし達が出てくるのを待っていたようだった。
学校で何度か目にしたことがあるような気もする。同い年の人間は知っているが、さすがに先輩後輩までは網羅していない。見ためからして、先輩ーー17、18歳といったところか。
その中の一人の女性が一歩前に出た。彼女の目元や顔立ちは、何となくリーチに似ていた。
といっても、表情は正反対だった。その表情に悲しみや絶望はなく、どちらかというと怒りに満ちている。残りの三人は、そんな彼女を心配そうに見ていた。
彼女に気が付いた村長が、先に口を開いた。
「シエラ。この度は災難だった。なんといっていいか…」
「災難?ああ、本当に災難だよ!リーチ兄ちゃんがあんな目にあうなんてな!」
シエラと呼ばれた女性は、拳を強く握りしめていた。話の流れ的に、リーチの妹といったところだろうか。
「村長!イアムの野郎、勝手に結婚して勝手に死にやがった!」
「お、おう」
「リーチ兄ちゃんが今どんな気持ちか、死んだあいつはわかりっこない。ふざけるなよ!!」
「シエラさんはイアムさんとは、仲良くなかったの?」
思わず、あたしは口を挟んでしまった。だが、話した後に後悔した。彼女の怒りの目があたしに向く。
「ああ!?誰だお前!」
怒鳴られてしまったが、それはそうだ。村長とは違って、あたしに特別な立場はない。普段だったらこんな口を聞かれたら殴り飛ばしたいるが、今はそんな気分じゃない。
部外者がこういうデリケートな話に口を突っ込むのは、あまりよろしくないだろう。
彼女はそのままあたしに罵声を浴びせようと口を大きく開いたーーところで、後ろの三人が止めに入る。
「おおっと、シエラ。その娘に当たるのは違うだろ。イアムさんに当たるのも違うけど。この娘はあれだよ、ラス隊長の娘で、暴力女と呼ばれてる…」
「ルミ・スタウ」
「そう、ルミちゃん。俺たちの後輩だって。ほら、見たことあるだろう?村長の娘とよくいる」
「ああ、暴走ガールズか」
ー-おい
なにが暴走ガールズだ。あたしたちは陰でそんな呼ばれ方をしていたのかよ。
暴走ガールと聞いたシエラは、少し落ち着いたように一歩引く。
いつもなら、失礼なこの男を蹴り飛ばしているところだ。直前に見たリーチの表情を思い浮かべると、そんな気持ちも沈んでいくが。
「ルミちゃんも、村長のお手伝いかい?」
「お前も名乗れよ」
爽やかな男だった。この四人組の中でも、リーダーのような風格がある。金髪を短く整え、清潔感がある。顔立ちも整っていて大人びていて…、何というかムカつくやつだった。
「これは失礼。俺はスカー。こっちはシエラ。奥の2人がデルタとリエットさ」
爽やかな美青年がスカー、青髪ショートの荒々しい女性がシエラ、その後方で慌てた表情を浮かべているおとなしそうな女性がリエット。ため息を吐いて呆れているガタイのいい男がデルタ。
差し詰め、仲良し四人組だ。
「シエラも義姉が亡くなったから、ちょっとナーバスになっているんだよ。許してやってくれ」
「私は普通だ!」
「ほらね。いつものシエラはお淑やかなんだ」
「うるさい!」
ゲシゲシと、シエラはスカーの足を蹴る。彼女達は随分と親密な様子だ。
友達の義姉が死んだから、心配で教育機関を休んだのだろう。当の本人であるシエラは、義姉というよりも兄の心配をしているようだが。
彼女達が落ち着くのを待って、村長が会話を切り出す。
「シエラ。辛いところすまんが、話を聞かせてもらおう」
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訂正:髪の色




