34.家族にしかわからない4
【魔歴593年07月02日13時05分】
「腹減っただろ」と村長は微笑みながら言った。そして、警備隊の建物を背にして、目の前に広がるレストランへと足を進めた。その態度から察するに、今日の食事は村長が奢ってくれるようだ。
学校をサボりながら、外食。あたしが授業中に何度も心の中で描いていた夢のようなシチュエーションだった。
しかし、心の底から湧き上がる憂鬱な気分がそれを覆していた。隣にモニの姿がないことと、立て続けに起きる不安要素がその原因だった。
昨夜の殺人事件、そして魔獣、天使、副院長、魔王、アンダーソンといった人々。彼らから聞く危険な話や、胡散臭い大人たちにはもううんざりだ。
この外食は、気分をプラスにするためのものではない。マイナスだった気分をゼロに戻すためのものだ。
「ああ、そうそう。あたしは父さんに拉致されたので、モニはオルと一緒に家に帰りました」
「そうか。ラスも、中々強引だな。ま、魔王の話でもしたんだろう。パラス国に留しろだって?」
「知ってたんですか」
「聞いたわけじゃないが、あいつの考えそうなことだ。魔王のヤバさを知っている俺たちとしては、子供達だけでも避難させたい気持ちはわかる」
うんうん、と頷く村長。
「お互いお転婆な子供を持って、大変なわけだ」
モニは基本的には真面目だが、思想が強いし無茶もする。それに、彼女は否定するだろうが、めちゃくちゃ我儘だ。あたしと初めて会った時も家出しようとしていたし。
その父親である村長は、十六年間苦労をしているわけだ。
ーーお互い?
よくわからないが、とりあえずご飯が美味しい。あたしは深く考えず、ただ腹を満たす行為に集中することにした。
暫く沈黙が続いたが、先にご飯を食べ終わったロイが口を開く。
「さっきの話だが、ルミちゃん。あの男はやめておけ。情報はたくさん持っているが、その代償は高すぎる」
アンダーソンの事だとは、聞かなくてもわかった。カウエシロイ教室代弁教師と名乗ったその男は、村長とは因縁があることは間違いがなかった。
「情報があるなら、貰えるだけもらったほうが良くないですか?」
「会話の中から情報を抜き取ることに長けたやつだ。一個情報を得たと思った時には、十個情報を取られていると思って良い」
そもそも、殺人事件が起きたというのは警備隊の中でも極限られた人しか知らない。なのに、アンダーソンは殺人鬼の存在を知っていて、かつあたしが追っていることも知っていた。
否、全てブラフだったのかも。あたしと村長の反応を見て、殺人事件の概要を埋めようとしていた?あの少ない会話の中でも、情報を抜かれていたという可能性もある。
「現状、村民全員に『入江マキである』という可能性がある以上、ああいう輩に関わるのは命取りだ。だから、ルミちゃんが一人の時に話しかけられたら、有無を言わずに逃げろ」
「そうします。ムカつく奴だし。ぶん殴っときます」
「それはやめとけ…」
もとより、会話の空中戦は大っ嫌いなのだ。そういうのは、モニにやらせておけば良い。あたしは肉体言語で語りたい派だ。
「にしても、カウエシロイ教室まで関わってくるとなると、いよいよ只事じゃないな」
「代弁教師とか言ってた。何なんですか?」
「カウエシロイ教室は近年生まれた大人向けの学校だな」
魔法学院にも異物協会にも属さない第三の機関。革新的な経営学や思考などを教えている。
勢力を拡大させて行ったのは、創設者のカウエシロイの手腕だ。あらゆる常識を覆し、繁栄をもたらす。その技術を隠すことなく、授業として布教している。
性別年齢容姿全て不明なカウエシロイは、知識を与えた人間に代わりに授業を行わせる。そのミステリアスさも、老若男女人気だとか。
代弁教師というのは、教えを代弁して伝える教師のことらしい。カウエシロイの信頼を勝ち取った、優秀な人材ということだ。
「パラス都市部では『根源的破壊者』と呼ばれるほど危険視されてる」
ーー何で危険視?
話を聞くだけだと、カウエシロイ教室は大歓迎されるべき存在だと思うが。大人を対象にした教育機関ということ自体も、今まで無かったんじゃないか?繁栄させるに越したことはないし。
と、ここまで説明した村長は苦々しく言葉を続けた。
「そして、創設者のカウエシロイは異人だ」
「ほへー。新しいこと始めるやつは大体異人なんですねー」
「そう…、とも言い切れないが。どちらにせよ、アンダーソンをモニには近づけたくないなぁ。碌なことにならなそう」
「口論してるところは見たいですけどね」
終始ニコニコと笑顔を浮かべているアンダーソンと、暴言女の戦いは見てみたいものである。両者とも身体能力は捨てて、言葉に力を入れている人種だ。熱い討論を繰り広げてくれるに違いない。
あたしや村長のような存在は、すぐに手が出るからダメなのだ。
「というか、村長は異人に詳しいんですねぇ。昨日も、異人に会うのは初めてじゃない、って言ってましたよね」
「まあな。異人の幼馴染と娘がいたら、ある程度詳しくはなる。だから、入江マキも俺なら見つけられると思ったんだがな」
「どうです?」
「全くわからん。もしかしたら怪しいかも、程度のやつなら何人かいるが、確信には至らないな」
「異人とそうじゃない人の違いって何です?あたしはモニが異人だって昨日まで分からなかったんですけど」
ーー村長は昔から知っている風だった
村長には話したことがあるのだろう。異人だと知った上で、親子として過ごしてきたわけだ。
ーーあたしには話してくれなかったのに
と言っても、彼女曰く『前世は終わった話だと思っていた』とのことだ。既に呪いは途絶え、話す必要もない。そういう類だと思っていた。殺人事件が起きるまでは。
だから、あたしのことを信用していなかったわけではない…、と信じたい。
これでも、多少は妬いているのだ。家族の秘密があって、親友の秘密がなかったことに。
村長は、あたしの気持ちを知ってか、真剣な表情で黙り始めた。暫くした後、顎をさすりながら口を開く。
「そうだな。『異人は独自の常識を持っている』というのが一番わかりやすいかな。異人は、前世の人生を経験している。しかも、パラス王国とは全く別の、魔法がない世界。異世界の常識を持っている異人は、根っからのパラス民である我々とは価値観がずれている」
「それは…、そうですね、モニはちょっと他の人とズレてる感じがします」
昨日も「授業は一般教養として必要なのだ」とつまらないことを言っていた。同学年でそんな事を考えている人はいないし、まるで経験したことがあるような口ぶりだった。
モニはよくそういう発言をする。暴言女と呼ばれるほど論争で無双していたのも、俯瞰した目線で言葉を選んでいたからだ。
特に感じるのは、容姿への異常なこだわりだ。モニは村で一番可愛いのに、それで満足をしない。一度も村の外に出たことがないのに、拘り続ける。まるで、自分より可愛い人に会ったことがあるかのような行動だ。
どれだけ学業の成績が高くても、それに慢心することはない。彼女は、自分が優秀だという自負がないのだ。閉鎖的な村で、そこまで広い視点を持つことはできるだろうか。
前世基準の価値観。確かに、観察すれば気がつけたのかもしれない。
「ま、ルミちゃん。考えるだけ無駄だよ。異人かどうかなんてどうでもいい。モニはモニだろう?」
「そうすね」
うんうん、と優しく村長は頷く。あたしが気にしていることはお見通しのようだ。村長には敵わない。
あたしはテーブルに残っているスープを最後まで飲みきり、食事の終わりを告げた。話に集中していたせいで、スープはすっかりと冷めてしまっていた。
「そろそろ出よう」
「はい。ありがとうございました」
「良いって。あ、どうする?ルミちゃんも行くかい?」
「どこにです?」
立ち上がった村長はやや目を伏せながらあたしを見た。
「イアム・タラークの家だ。彼女の家族と、話す約束をしている」




