33.家族にしかわからない3
【魔歴593年07月02日12時11分】
隊長室を後にし、廊下を歩いていると、途中で何人かの警備隊員が話しかけてきた。
狭い村での生活、それに隊長の娘という立場。知り合いは多く、声をかけてくる人も少なくない。
軽い挨拶をしてくる人と、慰めるように肩に手を置く人。後者は、あたしが死体を見たことを気の毒に思っている様子だった。
どうやら、殺人事件の詳細を知っている人は限られているようだ。中年の人間の方が、事件について詳しいらしい。
もしモニの妹がこの村人の中にいるのならば、信用できる人間は限られてくる。父さんと密接な人間だけが、事件の詳細を知っているのだろう。
魔王の存在まで絡んでくると、パニックになっても不思議ではない。あたしも無闇に口にしないほうが良さそうだ。
一階に降りると、普段とは違う光景が広がっていた。いつもは活気に満ちたこの場所も、今日は何故か静かだ。
ーーああ、平日の昼間だからか
日中に人がいないのも頷ける。この時間に来たことなど、一度もない。まじめなモニが学校をサボらないので、あたしもずる休みをすることは少なかった。
広いフロアにポツポツと広がる警備隊員と村民達。その中で一人、見知った男を見つけた。
顔を低く隠し、身体も小さく丸めこみ、フロアの隅に体を寄せている。なんとも近寄りがたい男は、ロイ・アオスト、つまり村長だ。普段の堂々とした彼らしくもない姿に、あたしは疑問を浮かべた。
彼はイアム・タラークについて調べる手筈だったはず。警備隊にいるのは何もおかしく無いし、堂々とすればいいのに。
あたしは静かに彼の背後に忍び寄り、肩を軽く叩いた。
「うわっ」
肩に触れた瞬間、彼は驚きのあまり飛び跳ねた。その姿は、まるで悪事を働いていた子供が、親に見つかったかのようだった。口を自分の手で押さえ、叫び声が上がらないように対処までしていた。
「って、なんだ、ルミちゃんか…、驚かすなよ」
「普通に近づいただけですよ。で、何してるんです?イアムの情報集まりました?」
「あー、いや、げぇ」
彼は舌を出しながら、再度大げさにため息をついた。目線はすでにあたしから外れ、汚いものを見たかのように、顔を歪ませる。
「おぅい、何騒いでるんだぁ?」
あたしたちの騒ぎに引き寄せられるように、フロアの奥から大きな影が二つ現れた。
目の前に立つその大男の雄大な体格とふくよかな顔つきは、どこか親しみやすさを感じさせた。しかし今、その顔には鋭い眼光が宿っていた。
その隣に立つ高身長の中年男性と合わせて、高圧的な雰囲気を漂わせる。
「ほっほっほ。これはこれは、ロイ君じゃぁないか。久しぃな。こんなところで会えるなんて、私は運がいい」
男は唇の端を上げて微笑みながら村長に問いかけた。
彼は二度目のため息を吐いたのち、頭をかきながら口を開く。
「ちっ、久しぶりだな。アンダーソン。相変わらずムカつく顔してんな」
「数年ぶりの再会にそんな酷い言葉はないだろぉ。ほほほ」
——ああ、なるほど。そういうことか
村長はこの男、アンダーソンと会わないようにしていたのだ。開幕罵倒をするほど、嫌いらしい。
アンダーソンは、にっこりと頬を緩ませて今度はあたしを見つめた。大きな手をゆっくりとあたしに差し伸べ、ユーモラスな声で言った。
「可愛いお嬢さん、こんにちは。私はカウエシロイ教室の代弁教師の一人、アンダーソンだぁ。隣にいるのは」
「助手のクナシスです」
アンダーソンと対照的に、クナシスと名乗った男は礼儀正しくお辞儀をした。
「むふ。名門スタウ家のご令嬢、ルミ・スタウさんで間違いないね?」
彼はあたしを評価するような視線で見つめる。まるで商品でも見ているかのような感覚で心地よくなかった。自分自身が品定めされているような気がして、少しだけ怒りがこみ上げてきた。
名門スタウ家のご令嬢、「あのラス隊長の娘がどれ程のものなのか見極めてやろう」、彼はそういう目をしている。パラス王国に訪れた時は度々感じたその目は、いつになっても慣れない。
アンダーソンという名前は初めて聞くものだった。村長が彼をそこまで嫌う理由が何なのか、理由はわからない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
「あたしもあんたのこと嫌いだね。さっさと失せろ」
クナシスが口を大きく開けて驚く。アンダーソンもしばらく表情を固めたが、すぐにニコッと笑いを浮かべた。
「ほほほ、元気で結構。何、私は敵じゃない。むしろ、仲良くするべきだと思うがね?」
「あ?」
余裕を持った話ぶりだ。予想外の反応に驚いて、思わず彼を見つめた。すると彼は意味深な笑みを浮かべて、あたしに新たな一言を投げかけた。
「君も追っているのだろう。『殺人鬼』を」
その言葉にあたしは思わず目を見開いた。事件については信頼できる人しか知らないんじゃ無いのか。
それとも、アンダーソンはそれ相応の立場の人間なのかもしれない。なんたら教室の教師とか言っていたが…。
「ちょっと、アンダーソンさん。ダメでしょ、話しちゃ」
「クナシスくーん。固い、固いよ君は」
そして彼は、あたしもその事件の追求者であると考えているらしい。彼の軽々しい笑みが、急に重いものに感じられる。
彼はにっこりと笑い、一歩後ずさり、あたしの反応を楽しんでいるようだった。
「驚いたかな?」
彼の言葉に、あたしは何も答えられなかった。
ただ、この男、アンダーソンには、あたし達が求めている何かがある、ということだ。
「何を知っている?」
そうあたしは尋ねた。アンダーソンの口元がゆっくりと開く。
しかし、口から言葉が出る前に、あたしの手がぐっと引っ張られた。驚いて目を向けると、その手の主は村長だった。彼は力強くあたしの手を引き、そのまま出口へと進む。
「ちょ、村長?」
「帰ろっか、ルミちゃん、」
村長はそれだけしか言わなかった。だがその言葉には、アンダーソンから離れるようにという強い意志が込められていた。どうやら彼は、あたしをアンダーソンから遠ざけようとしているようだった。
「じゃあな、アンダーソン。さっさと俺の村から出ていけな」
「ロイ君、私も村民の一人なんだがねぇ。ほほ。ルミさんも、また会いましょう」
チラリと後ろを振り向くと、アンダーソンは先ほどと同じ姿勢、同じ表情でこちらを見ていた。




