32.家族にしかわからない2
【魔歴593年07月02日12時12分】
「ルミは計画性は無いし、危機感もない。すぐに手は出るし、諦めも悪い。戦争では、こういう奴が一番最初に死ぬんだよ」
父さんの言葉が鋭い矢のようにあたしに突き刺さる。
戦いでは駆け引きや引き際が重要になる。戦争なんて知らない、平和ボケしたあたしでもわかる。
私にはそれが一つもない。思いついたらすぐに行動し、障害は全て破壊する。それが私のスタイルだ。自分では長所だと思っていたが、今の状況は裏目に出た。
「でも、あたしにはモニがいる。計画性と危機感の塊のようなやつだし、線引きがめちゃくちゃ上手い。あいつがいるから、ここまで無邪気に生きていたんだ」
真逆な性格であるモニがいたから、あたしは暴力女であり続けたのだ。最強のコンビだという自負もある。だから、これから先も二人で困難を乗り越え…。
そんなあたしの考えを知ってか、父さんは深いため息をついた。
「ルミ、いい加減モニちゃんに依存するのはやめろ」
「依存!?してない!あたしは達は対等だ」
「交友関係に口を出すつもりはないが、今のお前は思考を停止しているだけだ」
「あ、あたしだってちゃんと考えてるよ!」
「それに、今回はそのモニちゃんが問題なんだよ」
話題が突然親友に向けられ、あたしは再び驚く。父さんは目を細め、顎をさする。
「モニちゃんは何か重要なことを隠している。いや、というより、殺人事件について何か気がついてしまった、という方が正しいか」
「う」
ーー父さんは、モニが異人だという事を知っているのか?
そう考えたが、すぐに自分の考えを改める。
魔法学院は異人という存在を否定する。父さんもまた、異人は精神病の一種だと切り捨てるような思想の持ち主だ。
昨夜、モニと父さんは事情聴取で話し込んでいる。つまり、その時の様子で、彼女が何か事件に関わっていると予想しているだけだ。
鋭い洞察眼だし、実際合っている。幸い、モニが犯人などと勘違いしている様子だったが。
「彼女の性格からして、犯人を探すだろう。一人で何でもできる器用な子だ。だがな。モニちゃんは聡明だが、だからこそ今回は危ない。彼女は、犯人にたどり着いてしまうだろう」
「い、いいじゃん。捕まえられるなら。それにこしたことはないんじゃ」
「今回の事件は、魔王が引き起こしたと言っているだろう。モニちゃんが魔王と出会ってどうなるかなんて、言わなくてもわかるだろう」
瞬殺、だろう。
所詮モニは暴言女だ。対話が通じない相手には、彼女は無力なのだ。例え、殺人鬼が前世の妹だとしても、どうなるかわからない。
それに、魔王に生まれ変わったとしたら、それは人間なのだろうか。魔物の王という事もあって、まともな思考回路をしていないのかも。
父さんは深い溜息をつきながら椅子に沈み込む。あたしの胸はぐっと締め付けられ、口から出る言葉はどれもが空振りになってしまった。
「父さん、だから…」
言いたい事は山ほどあった。だけど、口から出てくるのはどれもがもどかしい言葉だけだった。
「だから、何だ?」
父さんの視線が厳しくあたしを貫く。咄嗟に目を逸らした。彼の目が訴えるもの。それは期待と失望、そして何よりも愛情だった。
の心情が徐々に理解できてきた。口では強く言っているが、彼が最初から私に伝えたかったのは一つのことだけだった。
ーー父さんの最優先はあたしとオルなんだ
そこにモニは含まれない。家族のことを考えるので精一杯、そこまで警備隊は追い詰められているのかもしれない。
父さんは重たいため息をつき、右手で額を覆った。その仕草が悲壮感に満ちており、私の心はさらに痛みを増した。
ーー家族、か
あたしがパラスに行くって言ったら、あいつはどんな顔をするだろうか。軽く微笑んで、別れを告げるだけだろうな。止めることはしない。そして、一人で妹を探し続けるのだ。妹の殺意の意味を、家族の絆の審議を確かめるために。
そう。これは、家族の話なのだ。
父さんを見上げ、まっすぐに目を見つめた。それはもう、逃げるのを止めて立ち向かう、あたしの決意の証だった。
「だからこそ、父さん、あたしはモニの側にいるべきだと思う。彼女が危険な場所に向かうと知っていて、パラス王国に逃げるなんてできない」
父さんもまた、あたしのことをわかっているのだろう。あれだけ話したとしても、あたしの気持ちが変わらないことを。
僅かな望みにかけて、あたしを説得しようとしたのだ。
呆れと悲しみの混じった表情を浮かべ、本日何度目かわからないため息を吐いた。
「はぁ。まあ、そう言うとは思っていたが。気が変わることはないのか」
「無い。それに、あたしが一回死ぬなら、モニなら百回は死ぬだろうな。あいつは雑魚だから」
あたしは固く口を結び、父に宣言した。
「絶賛反抗期中なんだよ。あたしはヘルト村に残るぜ」
言い終わると、私は背中を向け、部屋の外に向かった。
「笛だ」
父さんの声があたしを引き止めた。
振り返ることなくあたしは胸元に垂らした白い笛を見る。これはあたしが最初に見つけた異物で、一番大切なものだ。
直後に、全身にふわりと魔法がかかった感触があった。背後から、掛けられたようだ。
「転移魔法だ。最悪笛を鳴らせ。この村の中だったら、いつでも俺を呼べる。ルミが一回死ぬ程度の危機ならば、なんとかできるだろう。が、無理はするな」
その言葉に、あたしはくすっと笑った。
「にひひ。じゃあ、父さんが風呂に入ってる時に呼んでやるぜ」
「やめてくれ」と言う情けない言葉が扉の向こうで聞こえたが、あたしは無視した。




