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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
一章.呪いは続くよどこまでも
31/155

30.殺人事件の続きは異世界で2

【魔歴593年07月02日12時00分】



「げ」


 僕の横から、到底女子が発してはいけない響きが聞こえる。ルミは僕とは反対側を向いて固まっている。



「モニちゃん」

「げ」



 今度は僕が声を漏らす番だった。ルミの奥にいる二人を見て、彼女の嫌気を刺す気持ちがよくわかる。


 僕を呼んだのは、昨日以来の再会となる赤髪の少年、オル・スタウだった。彼は僕たちの方向にとことこと近づいてくる。そのキラキラとした瞳からは、僕たちに会えたという純粋な喜びを感じ取れた。


 ルミはオルを見向きもせず、少年の奥にいる大人を見ていた。額からは汗が流れ、手の動きもいつもになく忙しない。今にもこの場から逃げ出しそうに、彼女は慌てる。


 少年の背後に立つ男、ヘルト村一の魔法使い、警備隊隊長、そして、ルミとオルの父親。

 ラス・スタウは僕たちを見つつ、苦々しげな溜息をついていた。



「昨日の今日で、異物探索とは…、元気すぎるのか、それとも単に馬鹿なのか」

「と、父さん」

「お前、ショックの余り事情聴取出来ないんじゃなかったのか。これでも、あの手この手の配慮をしていたのだが」

「こ、これは、その、えーと」



 そういえば、昨夜の事件直後、現場の説明をラス隊長にしていたのは僕だった。精神的に参ってしまったらしいルミとオルの代わりに、僕が引き受けた。ラス隊長も娘達の心配をしていたのを覚えている。


 オルの事は知らないが、ルミは事情聴取の直後僕がいた仮眠室に侵入していた。その後も明るく僕を慰めてくれたし、とても精神的に参った様子は無かった。



「情報はあって損はない。モニちゃん、こいつは預かるよ」

「ちょ、待って。モニも一緒に!」

「ルミ、異物探索については見なかったことにするって言ってるんだ。モニちゃんを巻き込むのは辞めなさい」

「は、はい」



ーーこ、怖い!



 暴力女も、父親の前だと赤子のように扱われる。いや、実際にラス隊長の子供赤子だから仕方がないんだけど。

 それにしても、僕たちの異物探索がラス隊長にもバレていたとは。ラ―シーを恫喝して手に入れた虚偽申請書がバレていたのか?どちらにせよ、僕たちの違法行為を見逃してくれるのは、助かるが。

 ルミには犠牲になってもらおう。



「オル。モニちゃんを任せたぞ」

「うん」



ーーこいつも、随分とぴんぴんとしてるな



 オルは最初に死体を見つけた第一発見者だ。死体に躓いて転んだわけだし、そのショックは計り知れない。にも関わらず、彼は僕を見て目を輝かせるばかりだった。


 ラス隊長がルミを連れて姿を消す。転移魔法でも使ったのだろう。それなら、僕たちも自宅まで送ってくれても良かったのに


 もしかして、オルが父親に頼んだのだろうか。僕と二人きりになるために。



 彼は辺りに僕たち以外いないのを確認した後、そっと距離を詰めてくる。



「昨日は大変だったね。モニちゃんは、大丈夫だった?」

「大丈夫って、まあ、大丈夫じゃないけれど…。オルは?」

「俺は一晩寝たら元気だよ」


 オルは唇を少し尖らせながら、胸を張る。


 オルと二人きりになるのは随分と久しぶりだった。特段仲が悪いわけではない。僕たちは幼馴染だし、親友ルミの弟となると切っても切れない存在だ。幼少期は二人で遊んだこともあった。


 三年前、僕が13歳でオルが10歳の時の話だ。ルミに呼び出されて夕方の大広場に足を運んだ時に、オルは一人で待っていた。そのまま、赤い花を手渡されてプロポーズをされたわけだが…。


 勿論、断った。


 モニ・アオストとして生きてはいるものの、佐藤ミノルと地続きの人格だ。身体が女性になったからといって、男を好きになるわけじゃない。未だに僕は女性に性的な魅力を感じる。

 

 そういった理由を、オルに伝えるわけにもいかない。だから、『大人になったら考える』という最悪な言葉でオルを振ったのだ。



 一つ誤算があったとしたら、オルの純粋さだ。この太陽のように明るい少年は、僕の振り文句を『大人になったら付き合ってもいいよ』とポジティブに解釈したのだ。それ以降、オルは犬のように僕によってくるし、より密接になろうとする。



 だから、意図的に距離を取るようにしていた。二人きりで過ごす時間は避けていたし、会うとしてもルミを呼んでいた。

 オルは、ルミの弟としか見れない。それだけの関係だったら、親友にもなれたはずなのに。



ーー気まずい



 そんな雰囲気を感じているのも僕だけだろう。オル少年は僕の隣で楽しそうに鼻歌を歌っている。

 まあ、僕みたいな美女が隣にいたら舞い上がる気持ちはわかる。可愛すぎるのも罪だ。


 沈黙を楽しむオル少年と、我慢ならない僕。どうにか話題を探している時、僕のポケットにあるものを思い出した。



「そうだ、これ」

「あー!」


 僕は黒い物体をくるくると取り出す。永遠の筆者エターナル・スクライブ、つまり唯の万年筆だ。



「聞いたよ。ルミに強請ってぼこぼこにされたんだって?」

「そうなんだよ!お姉ちゃん、本気で殴ってくるからびっくりしちゃった」

「まあ、万年筆はかっこいいからなぁ。僕も欲しい気持ちはわかるよ」



 僕はうんうんと頷く。そうか、この路線だ。

 少女の気持ちよりも少年の気持ちのほうが理解しやすい。何がかっこいいとか誰が好きとか、この年齢の男の子は、単純な考えが大半だ。

 僕も13歳の時は…、七連続女性刺殺事件の翌年だから、そこまで阿保じゃなかったか。僕は例外とする。



「そうだよね!モニちゃんからお姉ちゃんにも言ってくれないかな。僕、本気でその万年筆が欲しいんだよ」

「そうねぇ」



ーーさっき渡した万年筆は、オルにあげてくれ。あたしの遺品として


 魔獣の大群が来る直前にルミが言った言葉だ。彼女は、なんだかんだで弟のことが大好きだ。今の彼女ならば、万年筆くらい弟にあげそうだと思う。



「家着いたら、僕と一緒に話してみよっか」

「本当に!?ありがとう」




 オルの純粋な喜びが心に染みる。彼の燃えるような赤い髪が快晴の空に映えている。


「本当に大切な万年筆だったんだよ」

「うんうん」

「だって、その万年筆、モニちゃんが高校の進学祝いで買ってくれたものと同じだよ」


 僕は一瞬息を飲んだ。「そんなことあったっけ?」と言葉にする前に、私の脳は異常な反応を起こしていた。


 何のことだ、と考えるうち、答えが見つかった。けれど、その答えが私をさらにパニックに陥れる。


「これで日記でも書けよ、って言ってたじゃん」


 その言葉が耳に入ると、僕の心臓は一瞬止まった。そうだ、なんで今まで忘れていたんだろう。



 この異物は、僕がマキにあげた万年筆だ。だから、すぐに何かわかったんだ。



 直後、体に衝撃が走る。全身に力が入らず、膝を地面に付ける。




「もう、お兄ちゃんってば。忘れたの?」


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