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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
一章.呪いは続くよどこまでも
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29.天使断罪5

【魔歴593年07月02日11時40分】


 

 早朝通ったばかりの景色だというのに、随分と懐かしい風景に感じる。僕らが何度も足を運んだ緑豊かな森林は、以前と変わりなく穏やかだった。周囲の樹木が魔獣に変身しないか少し不安だが、僕らがいつも異物探索をする場所で間違いない。

 木々の間から差し込む陽光が、時間の経過を示していた。気が付けば、太陽は真上に上っている。そろそろ、お昼ご飯を食べたい時間だ。



「ふん、ここまで来れば、お前らだけでも帰れるだろう」



 空から、副院長の声が高らかに響き渡る。僕たちは、彼にここまで送ってもらったのだ。壮大な白翼は偽物ではなく、確かに空を飛ぶ力を持っていた。空中散歩はあっという間に終わった。

 崖の中腹に広がる洞窟、そこに副院長がいたのも納得がいく。あそこならば、翼を持たないものには近づくことすら困難だろう。異物協会の手から逃れるのには理想的な場所だ。



「モニ・アオスト、ルミ嬢。用心は怠るな。敵はいつ、どこからか現れるかもしれないからな」

「それはこっち台詞だよ。副院長も異物協会に捕まらないようにね」

「はっ、ありえないな。そんなことは」



 彼は僕を侮蔑したように口角を歪ませる。そのまま羽ばたき、空へと舞い上がって行き、あっという間に視界から消えた。彼はやはり魔法学院の副院長、規格外な魔法使いだった。



 彼の姿が見えなくなったあたりで、これまで黙っていたルミが口を開いた。



「なぁ、本当にあのこと言って大丈夫だったのか?」



 ルミは僕を不安げに見つめる。それもそうだろう。彼女は先程から副院長に余計な情報を漏らさないように、可能な限り口をつぐんでいた。全てを僕に委ねていたのだ。



 僕が副院長に話したのは、『前世で同じ殺人事件を経験した』という事実だ。もちろん、具体的な内容までは語っていない。ただ、『僕が事件の犯人に心当たりがある』ということと、『だからこそ、可能な限りの情報を得たい』という要望を伝えただけだ。


 彼は「お前が異人だということも、とっくにバレている」と発言していた。どうして気がついたのかわからないが、前世についての理解があるようだ。魔法学院だというのに。



 これで、僕が事件についての鍵を握っているとわかっただろう。彼は、僕が必要だと考えるはずだ。



 副院長は魔法学院の立場上、殺人事件を見過ごすわけにはいかない。僕も、自身の因縁から同様だ。両者の考え方は異なるものの、進むべき方向は共通している。



「大丈夫だよ、ルミ。本当に重要な部分は話してないから。副院長はマキじゃないし、立場も相当高い。軽率に情報を漏らすとは思えない」

「本当か?めちゃくちゃ胡散臭い奴だったが」

「それは…本当にそうよね」



 ルミの指摘には頷くしかなかった。副院長は確かに怪しい存在だ。ただし、それは殺人鬼というよりも、人間として信用できないという意味だ。彼は自身の出自についてあれこれと話すが、それは僕たちを信用させるための演技だ。純粋に親切から話していた訳ではない。




 彼が何度も口にした「超凶悪な予兆」は何なのか、呪異物は見つかっていないのか、そもそもどんなものなのか、そして協会の人間を殺そうとした意図は何なのか。一つ一つの謎が心に重くのしかかる。



 さらに疑問なのは、なぜ彼はヘルト村に降りてこないのか、ということだ。呪異物の排除よりも、殺人事件の解決が優先すべきならば、ヘルト村に来て現場検証すべきだ。それなのに、副院長は未だにロスト山の洞窟に籠もっている。その理由が何なのか、彼自身は何も語らない。


 彼は重要な話を何もせず、客観的な事実だけを共有した。心の内は何も明かさず、すべてを僕たちに委ねている。それが副院長の真意なのか、それとも他に何か秘密があるのか。



「また、ここに来よう。何か手掛かりが得られそうよね」

「あんな危ない思いはこりごりだけどな」

「というか、ルミ、身体は大丈夫なの?魔力は回復したのはわかるけど、身体の傷は別じゃない?あんなに血を流していたし、貧血になってない?」

「ヒンケツ?なんじゃそりゃ。何も問題ないぞ」

「そりゃよかった」



 彼女は僕の心配も露知らずといった感じだった。早朝のようにふらふらと歩く。貧血ではない。落ち着きの無さは、元からだ。



「で、どうすんだ?結局、ロスト山の天使は魔法学院の院長で、モニの妹とは何も関係がなかったというわけだけど」

「『副』院長ね…。間接的には手がかりは手に入ったわよ」

「なんだっけ、あいつなんか言ってたな」

「『死体を調べろ』」



 副院長は僕の殺人事件に対する思いを聞いた後、協力しようと提案してきた。お互い、利用し合おうじゃないか、と。

 彼はヘルト村の警備隊員からの情報をもとに調べる方向を決める、と言っていた。

 僕には『死体を調べろ』とだけ助言をしてきた。その理由も、背景も何もわからないが、手がかりはそれだけだった。


 幸運にも、ロイが死体の調査を引き受けてくれている。イアム・タラークの詳細をどれ程把握できたのか、今から楽しみだ。帰って、情報をしっかりと共有しなければならない。



ーー死体。



 副院長が言っていたのは、イアムについて調べろという意味だったのだろうか。もしかして、彼が意味していたのは死体そのものを調べろという意味なのではないか?

 瞼を閉じれば、昨夜の風景を思い出せる。

 半開きの口、虚空を見つめる白濁した瞳。そして、赤い柄の包丁が刺さり、血液が溢れ出ている胸部。


 ルミもまた、先程ほとんど同じ量の血を流していた。それにも関わらず、彼女は数時間寝ただけで回復した。


 ここは異世界だ。魔法と剣が日常的に使われるファンタジーの世界。

 僕は、マキが緻密に計画を立てて刺殺に成功したと考えていた。しかし、この世界で包丁で刺されただけで死ぬ人間などいるのだろうか。



 本当に、イアムは死んだのだろうか?



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