28.天使断罪4
【魔歴593年07月02日11時01分】
「改めて、魔法学院副院長エリク・オーケアだ。代理人の二人、わざわざ出迎えご苦労だった」
「出迎え?」
「この副院長様がわざわざ辺境の村にきたんだ。出迎え無しじゃ、村の程度が知れる」
ーーそういう設定ね…
彼が指をパチンと鳴らすと、僕たちを縛り付けていた光糸が形を崩す。綺麗な羽となって、ひらひらと地面に落ちていった。天使の羽から作った糸だったのだろう。
「釈放だ。帰って良いぞ」
「帰って良いぞっていうか、僕達は貴方に会うためにここに来たのよ」
「何?やっぱり異物協会絡みなのか?そしたら、殺すけど」
人差し指を突き刺し、拳銃の形にしながら「バン」と言葉を告げる。心臓に悪いから、辞めてほしい。
その後、「はっ」と小馬鹿にしたような笑い声をあげた副院長は、肩をすくめながら壁に寄りかかる。翼とか傷まないのだろうか。
彼の様子から見て、今更疑っているわけではなさそうだ。
「だから違うわよ。僕達は…」
と、言葉を吐いた後に口を閉じる。僕もまた、ゆっくりと壁によりかかる。洞窟の中で向かい合わせになるような形だ。ルミは地面に腰を掛けて、黙って僕を見ている。
僕が口ごもった理由は一つ。
ーーどこまで話して良いんだ?
僕の目的は、入江マキの発見、拘束、尋問だ。勿論、殺人を止めたいという純粋な気持ちもある。僕にだって、人並みの倫理観と正義感は持っている。
『ロスト山の天使』を探したのは、マキへの手掛かりになるかと思ったからだ。
マキが誰に転生したのか、これが最も重要な要素である。解明のためには、異世界転生についての情報が少しでも欲しい。
異物という地球産のアイテムが出現するロスト山。そこに突如現れた天使は、転生のロジックを理解する一歩になる。そういう考えのもと、ロスト山の深部へと足を踏み入れた。
ーーだが、こんなこと言えるわけがない
魔法学院の副院長。彼が何故ここに居たのかまではわからない。
副院長が信用できないというのもあるが、転生という考え方自体が、魔法学院の方針に反している。魔法こそが時代を作るという魔法学院と、魔力のこもっていない異物こそが神秘であるという異物協会。異なる信念を持つ組織が、交わることはない。
異物協会の人間と勘違いして脅迫まがいのことをする副院長のことだ。転生や異人について質問をしたら、今度こそ殺されかねない。
副院長は腕を組み、指をトントンと肘に当てながら、こちらを見つめる。と言ってもサングラスで表情は分かりにくいが。
突然黙りこくった僕を見て、彼はゆっくりと口を開いた。
「まあ、お前らが偶然ここに来てしまったのは、信じるよ。その制服と、身分がお前らの潔白を証明したんだ。両親に感謝しろ」
「はあ」
すっかり忘れていたが、僕の服装は状況に合っていないものだった。白いブラウスに紺色のスカート。僕の清楚さを倍増させる制服は、ヘルト村の学生である証だ。
ーーじゃあ、最初から気がついていたのか?
だとしたら、とんだ茶番である。僕の正体をある程度知っていながら、拳銃で脅しをかけたのか。それとも、副院長自身もそこまでの余裕がなかったのか。
どちらにせよ、僕の狂気的な行動が副院長の興味を示したのは間違いない。
「副院長は、なんでここにいるのよ」
「質問をしているのはこちら側なんだが…、まあいい。隠すほどのことでもないしな。俺はとある呪異物を排除するために、ロスト山に来た」
びく、と僕は肩を振るわせる。そういえば、永遠の筆者という呪異物を持っていると嘘をついていたんだった。というか、もう少しマシなネーミングセンスがあっただろ。
慌てて僕は万年筆を取り出す。ルミが首を傾げながら、こちらを見る。
「あの。この万年筆は唯の異物で、呪いなんてないのよ」
「そんな事は知っている。俺が騙されるわけないだろう。馬鹿が」
「え、あ、そう」
「まあ、俺の話を聞け」
彼はペラペラと自分の状況について語り始める。僕の嘘が流されることは喜ばしいことだったが、目的が見えない。なぜ話す気になったのか、わからない。しかし、僕らを騙そうとする悪意は感じられなかった。
僕にとって都合のいい話ではあったし、彼の話に耳を傾けることにした。
「魔法学院は暇じゃない。警備隊は治安維持で人手不足だし、魔王討伐戦線の奴らからは毎日増援要請が来る。院内の連中は自身の研究で忙しい。その中で、パラス王国の辺境の山に凶悪な呪異物の予兆があった」
「凶悪な予兆って、なんかふわふわしてるわね」
「そういうのがわかる奴がいるんだ。具体性は無いが、信憑性は高い。占いみたいなもんだ。その流れで、対応できる奴が俺しかいなかった。まあ、副院長クラスじゃ無いと対処できないと判断したとも言える」
「院長しか暇人がいなかったってことね」
「ちげぇよ!あと、『副』院長な!」
副院長は翼を揺らしながら叫ぶ。
今の話で副院長の目的がだいたいわかってきた。先程の拳銃での脅しも、彼の発言内容も全て一つに繋がった。
「つまり、呪異物を巡って魔法学院と異物協会の対立が起きているというわけね。このロスト山で。僕たちを異物協会の人間だと勘違いしたから、殺そうとしてきたということね」
「そうだ。物分かりがいいじゃないか」
関心関心、と副院長は呟く。
ーー最初からお前が誤解してただけなんだけど!
まあ、既に終わったことだ。一旦、脅迫騒動は置いておこう。
「よくわからんけど、目的のものが見つかって良かったじゃないか。じゃあさっさと呪異物を排除すれば?。今、それどころじゃないんだしさ」
今まで黙って話を聞いていたルミが口を開く。彼女はつまらなそうに副院長を睨んだ後、欠伸をする。
「ふぁ。それとも、魔法学院では暇潰しが仕事なのか?あたしのお父さんは、常に忙しそうに仕事してるけどね」
「え、なに。最近の女学生って全員こんな嫌味っぽいの?」
「まあ、うん。僕たち二人は特にって感じ」
「ははは。こわー」
副院長は渇いた笑いを漏らした後、何度も頷く。口が悪いのは、副院長も同じな気がするが。
「ま、ルミ嬢の言う通りではある。それどころじゃないのは、魔法学院もなんだよ。超凶悪な呪異物よりも優先事項が高い案件が起きてしまった」
副院長は、少し間を開けて僕らの様子を見る。その後、親指を自身の胸にトントンと当てながら、口を開く。
「殺人事件だ」




