27.天使断罪3
【魔歴593年07月02日10時43分】
「エターナル、スクライブだと!??」
天使の光帯は今までになく激しく回転をする。洞窟の中は星空のような煌めきを持ち、宛らクラブ会場だった。
彼は未だかつてないほど大きく口を開け、やや後退りをする。よっぽど、永遠の筆者のことが怖いらしい。
『触れただけで死ぬ』とか、『眠りから醒めなくなる』など確認できる範囲でも呪異物の効果は協力だ。異物協会は呪異物の管理を行うことから始まったと言う話もある。
聖異物か呪異物かは見た目では判断できない。だから、基本的には見つけたら直ぐに異物協会に報告する義務がある。
と言っても、ルミみたいなルールを無視する連中がいるので、全ての異物を管理することはできていないが。
「対象の者は、この呪異物によって記載された内容を永遠に従わなければならない。もし、お前が銃弾を外したら、僕は『死ね』とだけ書くことにしよう。それは魂に刻まれ、金輪際死に続けることになる」
「ば、馬鹿な。なぜお前が呪異物を持っている」
「それを教えると思う?」
ーー馬鹿め
勿論、永遠の筆者など存在し無い。何だそれは。僕が知りたいくらいだ。
僕が5秒程で作り上げた、架空の呪異物だ。
この万年筆は、異物の中でも何の効果も持ち得ない、聖異物である。呪いは無いし、効果もない。だが、その証明を天使には出来ないだろう。
魔道具についての知見を持ち、異物についてのはったりは通用する。対立している組織があり、ある程度の教養と異世界への知識を持ち合わせている。
そこから導き出されるのは一つ。
彼は、恐らく魔法学院の人間だ。対立している連中は、異物ハンター達の大元、異物協会。ロスト山で、何かしらの揉め事があったのだろう。
だからこそ、魔道具についての理解はある。魔法については異様に詳しい。逆説的に、異物への理解は低いと思われる。拳銃も片手で持ってるし。
「僕は異物協会の人間ではない。それでも、僕を撃つの?」
「…」
「お前が魔法学院の一員だということも分かりきっている。僕らを攻撃したら、国を揺るがす問題になるわよ」
「お前は、誰だ?」
ーー賭けに勝った
「ヘルト村村長ロイ・アオストの一人娘、モニ・アオストよ。控えろ、クソ天使」
再び、天使は口をぽかんと開けた。彼の頭上に回る七色の光帯の回転は緩やかになり、出会った当初と同じ速度になった。
洞窟内には闇が戻り、元の景色が戻ってきた。
天使は軽いため息をついたまま、両手を降ろす。僕は思わず尻餅をついてしまうほど、安堵に包まれた。虚勢が通用したのだ。
口論だけで、局地を乗り切った。ルミを守ることができた。僕は、己に向き合うことができた。
ーー何とか、なったのか
そう思ったのも束の間、天使は懐に手を差し伸べ、中から何かを取り出す。
手に持っている物は拳銃ではなかった。静かに取り出したそれは革製の手帳で、表紙には黄金のエンブレムが刻まれていた。それを、僕はルミの家で見たことがあった。
彼は手帳を僕の目の前に突きつけながら、堂々と名前を宣言した。
「魔法学院副院長エリク・オーケアだ。クソガキ共、無許可異物所持、魔法制限区域違反、無免許魔法使用、業務執行妨害、不法侵入、その他諸々の罪で逮捕する」
「へ?」
***
【魔歴593年07月02日11時00分】
「ん、んあ。ふぁ」
僕の隣で呑気に寝ていた赤毛の少女も、ようやくご起床らしい。彼女はだらしなく欠伸をしながら、瞼を開ける。
大きな瞳をぱちぱちと開閉し、僕の顔を見る。安堵したように顔を緩めた彼女は「ん、もうちょい寝る」と言って、瞼を閉じた。
クラブ会場の如く光り輝いていた洞窟で、よくもまあ寝れたものである。それとも、魔力切れというのは睡眠というより気絶に近いのか?
血だらけだった彼女の傷はすっかり治っていて、ぴんぴんとしている。彼女の回復力は化け物地味ているが、僕にとっては好都合だ。僕はほっと胸を降ろし、だが直ぐにため息をついた。
ルミのその様子を呆れたように見ているのは、僕だけではなかった。
「おい、寝るな」
「ん?って、うわぁっ!」
ルミは目の前の天使に気がつき、大きな声をあげる。そのまま立ちあがろうとして、直ぐに尻餅をつく。
彼女はチラリと後を見て、直ぐに僕の方向へ顔を向ける。どうやら、状況を理解したらしい。
僕たちの両手両足は、背中側で糸によって何重にも縛られていた。細いその糸は、見た目に反して固く、引きちぎれそうにない。
「ルミ・スタウで間違いないな?」
「誰だてめぇ!」
「ふむ。ロイ・アオストの娘。状況を説明してやれ」
『ロスト山の天使』ーーエリク・オーケアは床に転がる僕たちを見下ろした。
僕は芋虫のように体を動かし、ルミの方向に顔を向ける。
「魔法学院院長、エリク・オーケア。知ってる?」
「誰だそれ。流石のあたしでも、魔法学院の院長の名前くらいは知ってるぞ」
「『副』院長な」
副院長は後ろから横槍を入れてくる。この際、院長でも副院長でも、その立場の強さは変わらないのだから、黙ってほしい。
「何だ?助けに来てくれたのか?父さんが呼んだとか?」
「そんなわけ無いじゃない。僕たち、後一歩でこいつに殺されてたのよ」
「『父さん』か。やはり、貴様はラス・スタウの娘で間違いないな。お前がここにいる事をラスは知っているのか?」
「う」、と言う言葉と共に、ルミの元気はみるみると小さくなる。父親に許可?とっているわけがない。
そもそもロスト山は許可状が無ければ入ることは許されない。僕たちは汚職警官のラーシーを脅して、不正に許可状を手に入れた。その上、無免許による魔法乱用、異物の不法所持。副院長が言う通り、僕達の罪は多い。
ルミも次第に口数が少なくなる。自分が何故拘束されているか理解したらしい。
「ヘルト村村長と警備隊隊長の娘が二人も揃って犯罪者と来た。これはこれは、大問題になるなぁ」
「ちょ、勘弁して」
「んー?どうしようかな。世間に公開してお前達を終わらせるか、それとも奴隷として今後生きてもらうか…」
ニタニタと副院長は笑う。こいつ、最初と比べて性格変わっていないか?初対面の時は、随分とイライラとした様子だった。
僕に銃口を突きつけて、『動くな』とか脅しをかけてきたよな。いや、そういえば最初の方にも『怯えた表情が溜まらない』みたいなこと言ってたか。
性根が腐っている事は間違いない。
「ちょっと待って。院長、僕たちのことを異物協会の連中と間違えて脅迫まがいのことをしていたわよね?」
「ん、あー。警備隊は逮捕権に基づいて多少の荒事は許されている。後、俺は『副』院長だ」
待て。
この男は魔法学院の副院長だ。それに関しては間違いないだろう。魔法学院の治安維持部隊の名称が警備隊。つまり、この二つは厳密に言うと異なる組織なのだ。
「逮捕権も何も、警備隊員じゃないじゃん、貴方」
「…」
「魔法学院の副院長ともあろう方が、こんな事して良いの?」




