26.天使断罪2
【魔歴593年07月02日10時41分】
「はあ?おい、動くなつってんだろ」
「いいよ、撃てば?」
「いかれたか?」
天使は、僕に対して向けていた拳銃のセーフティを親指で解除した。サングラスごしでも、驚きと困惑が交じった表情が読み取れる。指を引き金にかけ、改めて銃口を僕に突きつけた。
僕は様子を黙って見つめたあと、ゆっくりと口を開く。
「その拳銃、ニューナンブM60だろ。装弾数6発、反動はそれほどでもない。信頼性と取り回しの良さから、警察官の間でよく使われている拳銃だ」
「はあ?」
「ただし、それは訓練を積んだ警察官が使う場合の話だ。リボルバー式だから、装填にも慣れていないと時間がかかるが...。あと、僕と貴方の間には一メートル以上の距離がある。何が言いたいかわかるか?」
「何だ」
「つまり、片手で確実に僕を撃つ自信があるのか?リロードの間に攻撃すれば、僕の勝ちだからな」
ミリタリーマニアでもなんでもない僕が、なぜこんなことを言えるのか。天使が持っているその拳銃ことだけは、前世で父親から聞いたことがあるからだ。安易に「拳銃ってどうなの?」と質問した甲斐があったというものだ。
天使は、二丁の拳銃を僕とルミに向けている。それは、脅しとしては有効だが、抑止力としては効果を発揮しない…と思う。多分。
頭上の光帯の回転が速くなる。僕の視界は光で埋め尽くされ、目を開けるのがやっとになってきた。天使の感情と連動でもしているのだろうか。それならば僕の煽りは、有効だったようだ。
実際のところ、一メートルの距離だったら体のどこかには当たるだろう。僕は普通の人間なので、掠っただけで死ぬ。と言うより、二発目以降はいよいよ避けられない。六発を躱すことなど不可能だ。
天使が引き金を引くか引かないか、そのギリギリを攻めながら、僕に有利な状況に持っていく必要がある。
「仮に、だ。俺の一発目が外れたとして、お前に何ができる。近接戦でもやってみるか?鍛えてるとは見ないほど、華奢な体だが」
「サングラスの裏には眼球が付いていないの?だとしたら可哀そうだけれど。何に命を奪われるか知らないなんてね」
「もしかして、その手にある道具の事か?」
サングラスの向こうは見えることはないが、天使は僕の右手を見ていることだろう。手のひらに握られた、黒い物体。
と言っても僕のは拳銃ではない。ロイから誕生日プレゼントとしてもらった、光の魔道具ーーつまりライトだ。このライトがあったから、深夜のヘルト村を駆け回ることができた。ボタンを押せば軽い光線を飛ばすだけのもので、殺傷能力など無い。
持ち運びができる光魔法の魔道具は汎用性が高く、とても高価だ。ヘルト村でも、アオスト家以外で使っている人を見たことがない。故に、外見だけで中身は分からないだろう。
だが、そこに勝機はある。天使は、この世界について知識が無い。ボタンを押したら何が起こるか、予想できない。もし、このライトが何か特別な魔法を引き起こす道具だったら?そんな可能性が天使の中で膨らんでいくだろう。
その根拠は唯一つ。拳銃で脅すという浅はかな行為だ。
だって、そうだろう。異世界で、拳銃が通用するわけがない。僕がルミのように多様な魔法を使えたら、セーフティを外す段階で雷撃を飛ばせる。ロイのような身体能力があれば、発砲後だって避けられるだろう。
モニという転生者だからこそ、拳銃の脅しは機能している。
この世界に転生者が何人いる?拳銃を使った時だけ、偶然相手が転生者だった確率はどのくらいだ?
全くもって、現実的ではない。
つまり、『ロスト山の天使』は異世界について何も知らないのだ。転生者という概念も、魔法も知らない。拳銃の異物をどこで手に入れたかは知らないが、未だに地球の価値観で拳銃を使っている。
故に、『ロスト山の天使』イコール入江マキという方程式は、否定された。
マキはヘルト村の地理を把握し、計画を持って殺人を犯していた。剣も魔法もある連中に、包丁で殺人を成功させている。彼女は、異世界を知り尽くしたヘルト村の村民であることは間違いない。
異物ハンターから逃げ回り、拳銃を使う天使とは行動が違いすぎる。
だが、天使は僕の予想に反して魔道具からつまらなそうに顔をそらした。
「お前は俺を馬鹿にしているのか。光を照らすだけの魔道具で、魔素の流れも全くない。そんなゴミで俺をどうにか出来るとでも?」
ーーめちゃくちゃ知ってるじゃーん
訂正。『ロスト山の天使』はこの異世界について知り尽くしている。光の魔道具を知っていると言うことは、相当な上位者だ。ある程度の金持ちだ。
『天使』と言う外見を持ち、『拳銃』と言う強力な異物を所有している。異物協会のハンターから追われる理由を持ち、魔道具についての理解もある。
先ほど、ケイウィという名前を呼んでいた。彼が敵対している『連中』の上層部の人物だろう。「お前達がここに足を踏み入れたのは決定的な証拠になる」、この言葉も気になる。
ーーわかってきた。この天使の正体
僕は思考を加速させながら、口を開く。
左手に握った物をくるくると回す。黒い光沢のある、万年筆。天使の七色の光帯に照らされ、高級感が増していた。
ーー賭けに出るしかない
これ以上天使を刺激したら、最悪死ぬ。だが、うまくいけば僕たちが助かるどころか、天使を利用できるかもしれない。
今までの僕の話ははったりだ。これから言う事も、全て嘘だ。その嘘を、こいつは見抜けるだろうか。
「魔道具のことでは無い。僕の左手にあるこれ、貴方には何かわかるかしら?」
「ペン…いや、万年筆の異物か」
「万年筆?そんな甘っちょろい物じゃない」
僕は口をニヤリと歪ませながら、万年筆を再びペン回しの容量でくるくると回転させ、天使に突きつける。
「永遠の筆者。一万年の呪いが蓄積された、呪異物だよ」
『対象の者は、この呪異物によって記載された内容を永遠に従わなければならない』と言う効果を持つ。




