表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
一章.呪いは続くよどこまでも
25/155

24.山道散歩4

 重力に導かれ、僕は果てしない深淵へと落ちていく。視線を下に落としてみても、深淵の闇がただひたすらに広がっている。


 周囲への感覚も、段々と分からなくなっていく。上を見ても下を見ても、どこを見ても同じ景色が広がる。やがて、自分が落ち続けているという感覚さえも次第に薄れていった。


 果て無く、深く、沈む。少し懐かしいこの感覚に、心臓の高鳴りが脳に響く。心の奥底からひたすら闇が侵食していくような、恐怖に襲われる。



 体の感覚も薄れていき、僕自身が解けていく。僕の存在を繋ぎとめている紐が、一本、また一本と解けていくようだ。僕が僕であるという証が一つずつ消え去り、そのまま全てが消えてしまいそうになって。



ーーあ



 この感覚が、佐藤ミノルが死んだ時に感じたものと同じだと気がついた時、僕は目が現実へと覚めた。




「はっ」



 

 目覚めるとともに、僕は自身の体に視線を向けた。凹凸のある身体に、白く細い指が目に入る。その形状に、女性的な丸みを感じる。肩から垂れる髪を優しく撫でてみると、その指先にはつややかでなめらかな感触が伝わってきた。



ーー大丈夫、モニの体だ



 崖から滑り落ちた時、僕は死んだと思った。あんな理由で二度目の転生とは、笑い話にもならない。事件は解決したどころか、始まったばかりなのだから。


 自分の身体を撫で回すと、安堵感が全身を包む。死の感覚は、まるでねっとりと悪夢のように僕の脳裏に焼き付いている。心臓の鼓動が平常のリズムを取り戻すのには、もう少し時間がかかるだろう。


 崖から飛び降りて、死んだかと思った。ここに来て二度目の転生とか、全く笑えない。事件の解決どころから、始まったばかりなのだから。


 僕は立ち上がり、すぐに顔を歪める。



「う、ぐ」



 まるで、冷水を浴びせられたような感覚だった。自分の安堵に対する無神経さに、自己嫌悪に陥る。

 僕の身体は、木々にぶつかった痛みと軽い捻挫程度の外傷しかない。突然立ち上がったから、痛みの余り嗚咽が漏れたが、その程度だ。


 崖から落ちたのに、だ。



 当然のことながら、これは全く持ってありえない。落下時に見た景色は記憶に残っている。先ほど見た悪夢のように底が見えないわけではないが、数十メートルの高度はあった。あの高さから落ちたら、間違いなく死ぬ。

 考えられる理由は一つしかない。最後に僕の耳に聞こえた、ルミの声。彼女が最後に使った魔法が、僕を救ったのだ。



「ルミ!」



 ルミは僕が倒れていたところから、数メートル先の岩壁に寄りかかっていた。荒い息を刻むリズムは短く、赤い髪の間からは弱弱しい瞳が見えた。ゆっくりと瞳は動き、僕を視界に映した段階で瞼は閉じた。



「モ…、ニ」



 彼女の有様は、悲惨なものだった。その細身が血に染まり、彼女を中心に周囲を鮮やかな赤色に変えていた。何処から血が溢れているのか、視認することすら難しいほどだった。空気に混じる鉄分の香りは、あの日の事件を思い出させる。彼女の声は震えていて、今にも消えてしまいそうだった。


 僕は無我夢中で彼女のもとへと駆け寄った。赤い髪に隠れた彼女の顔を覗き込むと、青白い肌が姿を見せる。死の間際を彷彿させるその色は、僕に恐怖と焦燥感を与えた。


 


「ルミ、ルミ!!」

「う…、声でかい」

「死ぬんじゃない、死んじゃダメだ!」

「うるさっ、うるさい!」



 ゴンッ



 その音は、彼女の頭が僕の頭と衝突した証だ。接吻と同じ程度の密着感だが、違うのは衝撃の大きさだ。頭頂部にダイレクトに打ち込まれたその衝撃は、僕を後方に吹き飛ばし、頭から血が流れるほどだった。僕の視界はチカチカと白い閃光に満たされ、身体を支える力さえ失っていた。対して、ルミは変わりなく気怠そうにこちらを睨む。


 しかし、なんということだ。ルミは見かけによらず意外と元気らしい。



「魔力切れたから寝る。邪魔しないで」

「あ、はい」

「動くな、静かにしてろ。あたしが起きるまで待ってろ」

「はい、了解しました」



 命令三段活用。

 それだけ告げると、ルミは電源が切れたかのように顔を落とす。すぐに、穏やかな彼女の寝息が聞こえてくる。彼女は一瞬にして眠りについた。

 

 どうやら、魔法も万能ではないらしい。魔力が切れたら、身体が動かなくなってしまうのだろうか。この身体の傷も、治す算段はあるのだろうか。

 何かよくわからないが、彼女はここで休ませた方が良さそうだ。見栄を張るような正確じゃない。大丈夫だというのならば、大丈夫なのだ。無理やり動かしたら、次こそ殺されそう。


***

【魔歴593年07月02日10時30分】 


「てか、ここどこよ」



 僕の問いかけに答えるように、声が木霊する。それは当然だろう、僕らが今いるのは湿った洞窟のような場所だ。暗闇が広がる道と、明かりが射す道、その境界線上に僕は立っていた。

 動くな、とルミに言われている以上、下手なことはできない。それこそ、何かあった時に、ルミは守ってくれないのだ。どちらかというと、何かあった時に僕がルミを守らなければならない状況だ。



 

「困ったわね。暇」




 ルミが休眠を始めてから、30分は経っただろう。荒かった呼吸は落ち着き、彼女が回復に向かっているのはわかる。だが、起きる気配は全くない。

 魔力というのは、具体的にどのように計測させるのだろうか。MPという概念があって、ポーションでも飲めば回復するのだろうか。睡眠にどれだけの回復効果があるのかわからない。僕は、魔法学の勉強を怠っていたことを後悔した。


 ルミをチラリと見る。健やかに寝ている彼女の顔は年相応の女の子だ。可愛らしい口に、綺麗な肌。それを強調させるような赤い髪。控えめな胸部は静かに上下している。



ーーま、いいか



 現状の把握は、安全を確保するためには必要不可欠である。この洞窟がどこなのか、ルミを守るために知る必要がある。僕は自分に言い訳を重ねながら、ゆっくりと歩く。もちろん、動くのはルミが見える範囲だが。


 当然、光り射す方向が洞窟の出口だ。光の果ては、数歩で辿り着いた。僕は足を滑らせないように慎重に覗き込むと、そこは崖だった。顔を上に向ければ、はるか遠くに緑豊かな樹木が見える。崖から落ちる途中にこの洞窟に入り込んだのだろう。ルミの魔法で落下の軌道をずらし、たまたま崖の中腹にある洞窟に入り込めたのか。


 地表までは数十メートルはあるだろう。飛び降りるわけにも行かず、壁を伝って降りるのも難しそうだ。また、ロッククライミングで上に上ることも容易ではない。仮に登れたとしても、樹木の魔獣の中で生存することはできるだろうか。


 こうなったら、ルミの魔法頼りだ。彼女の多種多様な魔法があれば、何だってできる。彼女の魔力が回復するのを待つしかない。




 僕は来た道を戻り、今度は闇の方向へ向かう。


 終わりの見えない闇は、先程までの明るい出口とは対照的だった。一歩、また一歩とゆっくりと進む。暗闇は棒を包む込み、見えない何かが霧のように漂っている用だった。


 洞窟の中の空気は外の空気とは異なり、重く感じる。洞窟の中では空気の循環が停滞し、有毒ガスが溜まりやすいという話を聞いたことがある。僕は口元を手で押さえながら、警戒を強める。


 なんだかおかしい。一歩進むごとに視界は狭くなり、三歩歩いた頃には、後ろで寝ているルミの姿が視界から消えた。

 僕の目がおかしいわけではない。闇が、まるで生き物のように僕の視界を封じ込めたのだ。

 四歩目。とうとう、足元すら見えなくなった。あれだけ光り輝いた出口も消滅して、僕は一人になった。



ーー動くな、静かにしてろ



「はいはい」



 ルミの声が脳内で再生される。僕が五歩目を踏み出すことはなかった。

 来た道を、後ろ歩きで引き返す。一歩後退するごとに視界が開け、四歩戻った段階で、僕の視野は元通りに戻った。毒ガスを吸ってしまい、脳がおかしくなったわけではなさそうだ。

 

 視界不良の魔法だろうか。詳しくはわからないが、洞窟の奥に進ませないための仕掛けが施されている。

 闇の奥には何が待ち受けているのだろう?ドラゴン、悪魔、封印された魔女、金銀財宝。何かがあるのは間違いない。



「異世界の洞窟なんて、碌でもないに決まってるもんね」



 冒険する必要はない。暇つぶしができる身分でもない。僕は口先だけの非力で、ルミがいなきゃすぐに死んでしまうだろう。



「静かに待ってますよーっと」



 僕は闇から目を逸らし、振り向く。ルミの可愛いらしい顔でも見て、時間でも潰そう、そう決めた時だった。




 天使が、僕に拳銃を突きつけた。




「動くな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ