23.山道散歩3
【魔歴593年07月02日09時40分】
山道散歩を始めてから、2時間が経過した。僕たちは『ロスト山の天使』の手がかりどころか、異物の「い」の字も見つかっていない。
逆に、僕たちが見つかってしまったというわけだ。ロスト山に住まう、魔獣達に。
雷鳴。激しい音と共に、降り注いだ光は魔獣の体を貫いた。焦げ臭い匂いが漂い、死が一つ生まれた。ルミは次の標的を睨み、拳を構える。
車を運転する時と同じく、魔法に免許が必要な理由がよくわかる。人を殺すということに関して、これほど特化した物はない。習得さえできてしまえば、どんな小さな子供でも屈強な大人を殺せるのではないか。法で縛らないと、治安維持など到底できないだろう。
ルミは主に、空間に溶け込む透明化や瞬間移動によって敵を撹乱し、背後から雷撃。他にも、幾つもの魔法を重ね掛けているのだろう。直接殴って、肉体を吹き飛ばしたりと、やりたい放題だ。
流石、スタウ隊長の娘と言ったところか。彼女の父親もまた、魔術の天才としてパラス王国で名を馳せているらしい。だが、血統だけでここまで魔法を極めることができるのだろうか。
遺伝だ、と言い切ってしまうのは早い。スタウ家は代々魔法学院のエリートなのだ。弟のオルも武術の天才として何かの大会で優勝していたし。
勿論、彼女が努力したという事実は間違いなくある。父親の期待に応えられるように、魔法の鍛錬を怠らなかった。
ーーまあ、ルミは無免許だけど
僕は倒木に身を隠しながら、頭だけを出して様子を見る。彼女の快進撃は止まらない。
一体、二体と魔獣が倒れていく。辺りの木々はほとんど倒され、すっかり景色が広くなった。茶色の魔獣の姿は残りわずかだ。このまま順調に行けば全員倒せるだろう。ルミも、疲れている様子が全くない。
魔獣もまた、ルミの強さを学んだらしい。距離を取りながら、別個体と連携を取りながら詰めてくる。それも、ルミの雷撃によって貫かれるが。
最後の魔獣が焼け焦げて地面に転がる。不快な匂いが漂うが、文句を言うわけにもいかない。僕はルミに労いの言葉を掛けるために、立ち上がる。
「モニ!逃げろ!」
「へ?」
ルミは血相を変えた様子で僕を見る。彼女の目は驚愕と混乱に満ち、先程までの余裕は一切なかった。その慌ただしい様子は、僕の平和ボケした思考に水をかけられた気分だった。
「あたしたちはこいつらの縄張りの奥まで入ったみたいだ!追加で何体も検知魔法に引っかかってやがる!」
「な、なんとかならないの?」
「一体や二体じゃない!二十を超えてる!もう時間がない!」
ーーに、にじゅう!?
先ほどの倍の数だ。とはいえ、ルミならば二十体の魔獣など片手で滅ぼせるはずだ。
彼女は右手に神秘的な光を纏わせながら、僕の横を通り過ぎる。その表情はいつも強気な彼女とはまるで違った。とても真剣な目つきで、どこか遠くを見つめているような、まるで別世界をみているような視線。
実際、辺りに魔獣の気配はない。彼女の瞳には、探知魔法を使って僕らの周囲を警戒し、そこには僕には理解できない光景が広がっているのだろう。
僕と彼女の見ている景色。その間にはどれ程のギャップがあるのだろうか。
ーーここは任せて先に行け、じゃないんだから
勘弁して欲しい。僕たちはマキを探す手掛かりを得るためにここに来た。死ぬとしても、マキとの攻防の末だ。こんなわけのわからないところで、死ぬわけにはいかない。
僕もまた、彼女の隣に立ち前方を見つめる。彼女は視線をずらさず、言葉だけを僕に向けた。
「さっき渡した万年筆は、オルにあげてくれ。あたしの遺品として」
「縁起でもないこというな!」
「はやく逃げろ!ここはあたしに任せて先に行け!」
「とうとう言っちゃったよ!」
僕は決して彼女の言うとおりにはしなかった。ルミを置いて逃げることなどできない。
「ちょ、来んな、早く逃げろ!妹を探すんだろ!」
「ルミがいないと嫌よ!その雷を撃つやつ、僕にも教えて!戦うよ!」
「ふざけんな、そんな簡単にできるわけないだろ!って、ああ!」
ドドドドド
ようやく、僕の視界にもそれが写った。山頂付近から、ゆっくりと何かが来る。地響きと音は次第に大きくなり、僕らの視界を揺らす。それが、魔獣たちの行進だということは、見るまでもなくわかった。質量のあるそれは、戦うとかそれ以前の、恐ろしさがあった。
例えるならば、雪崩。自然災害に近い力が、僕たちに襲いかかる。
「走れ!走れ!」
「うわああああ」
走る。走る。
情けない声を上げながら、僕たちは走る。
山頂まで後一歩というところで、僕らは下山を決めた。木々を避けることなく、全速力で前に進む。道なき道を、傷だらけになりながら走り続ける。
それでも、後ろの音が近づいてくるのがわかる。魔獣の行進は、この森を更地にするつもりなのかもしれない。木々を薙ぎ倒し、音は次第に大きくなる。
「くっそぉ!」
悪態を叫びながら、ルミが雷撃を飛ばす。前を向いているからわからないが、肉が焼け焦げる音と匂いがする。鈍い音を立てながら、何かが倒れる。その場しのぎとはいえ、手前の敵は倒せた…。
そう思って、軽く後ろを振り向いた僕はすぐに後悔する。
木々を薙ぎ倒していたのではない。木々が、魔獣そのものだったのだ。倒れるように地面から切り離された樹木からは手足が生え、鋭い牙と眼光が映る。一瞬のうちに魔獣のような形になったそれは、ここが異世界であることを思い出させた。
魔獣の巣に迷い込んでしまったのではない。ロスト山自体が魔獣の巣だったのだ。魔獣の後進部隊が通り過ぎた場所から順に、魔獣が増えていく。二十体どころの騒ぎではない。
そして、僕は後ろの光景に見入ってしまっていた。
「ああ!」
私の口から、惨めな叫び声が飛び出る。その恐怖は、閉ざされた逃げ道や増え続ける敵に対するものではない。また、それらにも驚愕の声を上げたい気持ちはあったけれど。
前を見ないで全力疾走をしながら下山をする。その結果がどうなるかは、明らかだった。
転び、衝突する。それだけだったら、まだマシだったろう。
僕は崖から転落した。足が滑り、樹木に覆われた崖へと、無慈悲にも直進した。あの惨めな叫び声は、重力が生みだす浮遊感によって漏れ出したものだった。
不思議なことに、時間が遅く進むように感じた。スローモーションのように、僕の身体が落下していく。
崖の前で止まれたルミもまた、驚きの表情を見せていた。僕の方が身長が高いにも関わらず、いつの間にかルミの視線が高くなっていた。
ーー鬼塚ゴウも、こんな感じだったんだろうなぁ
ふと、そんなことを考える。警察官に追われ、最後は崖から滑り落ちて死んだ殺人鬼。まさか、僕が彼と同じ結末を辿ることになるなんて、皮肉もいいところである。
「モニ!!!」
ルミが何かしらの魔法を発動するのと、僕が自由落下するのは同時だった。




