20.呪いは続くよどこまでも
僕は死ぬ。
この量の血を吐くと、人は死ぬ。
それに、血液を吐いただけではないのだ。
『赤い柄の包丁』。どうせ、凶器はそれだろう。
僕の心臓に刺さっている物を想像しながら、心の中で笑った。
とある雪山の山荘。
吹雪の音は山荘に響き渡り、外にでることはできない。山荘は白一面に覆われ、外の景色は全く見えない。
密室となった雪山山荘で行われていた連続殺人も、これで終わりだ。
結果は、殺人鬼の一人勝ち。
とうとう、最後の一人である僕を殺すことに成功したのだ。
彼女は、どんな顔をしているのだろうか。
ふと、僕は後ろに立つマキの表情が気になった。
呪われた子供たちをわざわざ雪山に呼び出して、全員殺したのだ。目的は達成されたはずだ。
笑っているのだろうか。
満足げな表情を浮かべているのだろうか。
それとも、人殺しの責務に苦しんでいるだろうか
純粋な好奇心だった。死後の思い出とはこのことだ。
せめて、マキの顔を見てから死にたい。
僕は最後の力をふり絞って、体を横向きに倒した。
木製の天井を通り過ぎ、視線は彼女の顔に向けられる。
ーーは、ははは。なんだそりゃ
僕を八年間騙し、六人を殺したマキは目を見開いて僕を凝視していた。
そこに感情はない。大きな瞳からは生気が抜け、まるで人形のようにただ僕を見ていた。
【『00.呪縛転生』より引用】
***
【魔歴593年07月02日00時34分】
「おえっ」
吐いた。
吐きました。
僕の美しい髪がさらりと垂れ、吐瀉物に触れる。僕は慌てて顔を上げ、髪が汚れないようにした。惨めで、涙も少し出た。
ーーだめだ。まだ、受け入れられていない。
隣のルミが僕の背中をさすってくれる。ロイは部屋の外から水の入ったコップを持ってきてくれた。彼らの優しさが何だか辛くて、僕は再び吐いた。
胃の中身を全て外に出して、僕の脳内はグラグラと揺れていた。
マキとの生活、思い出。母親の死を乗り越え、僕たちは幸せだった。だからこそ、マキによって殺されたという事実は、今までの人生を全て否定された気分だった。
三歳の家出の時までは、マキに問いただすことだけを考えて生きていた。あの日以降は、前世の記憶に蓋をしていた。
モニとして生きるようになってから、前世のことは考えないようにしていた。マキのことや父親のことなど、精算がついていないことが多すぎたからだ。
ロイとルミに説明するために、一から思い出したことが良くなかった。涙は溢れて止まらないし、口の中は気持ち悪いし、最悪だった。
それでも、二人を仲間だと思うなら、話す必要がある。
水をこくりと喉に流し、言葉を紡ぐ。
「山荘に着いた時、吹雪が襲った。下山は不可能で、僕たちは閉じ込められた。そこには、僕とマキみたいな、8年前の事件で母親が殺された子供たちが集められていた」
青木ユイ、村田アイカ、如月ラン、立花ナオキ、平井ショウケイ、佐藤ミノル、そして入江マキ。
全員が、現役の大学生。僕たちはお互いの母親の話をして、事件について理解しようとした。
それぞれが呪われた傷を負っていた。
お互いの話から、事件のことを推察しようとしていた、はずだった。
「そこで、そう。また、起きた。人が死んだんだ。お母さんみたいに、赤い柄の包丁で、心臓を」
「モニ」
「毎日誰かが殺されて、最後に僕たちだけが残ったんだ。マキだけは守らないとって、僕は犯人を探したんだけど。山荘には誰もいなくて」
そうだ。僕は彼女を助けないと、そう思って必死になった。マキだけには、幸せになって欲しかった。
「それで、下山しようって言ってたのに。僕は殺された。妹に、なんで。僕が守るって、言ってたのに」
マキとの思い出は幸せで、故に呪いとなって僕に刻まれた。
呪いは続く、どこまでも。
鬼塚ゴウから始まり、入江マキへ。今度は、ヘルト村で呪いが振りまかれる。
僕は怖くなって涙が止まらなかった。理解できないものは怖い。マキがわからない。嫌だ、もう裏切られるのは嫌なんだ。
「モニ!もういい。わかった。わかったから、もう思い出さなくていい。話さなくていい」
ルミの手が僕の口を塞ぐ。そのまま、残った手で僕を抱きしめた。その温もりは、マキと出会った日を思い出して、気持ち悪かった。
ーーはは、よかったじゃん。泣いてる女の子側に回れて
俯瞰して僕のことを見ている佐藤ミノルが、笑う。あの日は、僕がマキを抱きしめていたんだった。
モニになってから、涙脆くなった気がする。どんどん、女の子になっているのだろうか。佐藤ミノルは、強く、冷静で、論理的だったはずなのに。
ーーまあ、いいか
だって、モニ・アオストは女の子だし。
僕はルミの温もりに甘えて、そのまま睡魔に襲われていった。
***
【魔歴593年07月02日00時50分】
「寝た?」
「はい」
モニをゆっくりと横に倒し、ベッドに寝かす。モニの疲労は溜まっていたようで、彼女は死んでいるかのように寝ていた。
村長は娘の頭をゆっくりと撫で、ベッドに腰を下ろす。
「あのー、未だに実感がないんですけど、前世って何ですか?」
あたしは頬を掻きながら気まずそうに、村長に尋ねる。ロイは真剣な表情を浮かべながら、口を開いた。
「まあ、ラスは魔法学院警備隊だ。異人は存在しないって考え方だろうな。異人は中でも特殊な考え方だ。そもそもは、『全ての世界は繋がっている』という異物協会の思想から始まってるんだが」
魔法学院と異物協会は折り合いが悪い。魔法こそが時代を作るという魔法学院と、魔力のこもっていない異物こそが神秘であるという考え方は、交わらない。
あたしのお父さんも、根っからの異物協会嫌いだ。だからこそ、あたし達の異物探索という趣味は、隠さなくてはならないことだったりする。
村長は、中間的な立場で立ち回っている。魔法学院と異物協会、両方の恩恵を得ているからこそ、知り合いも多い。
「『全ての世界は繋がっている』。だから、異世界から異物が流れてくる。そして、死者の魂も。つまり、前世ってのは、『別世界の記憶』と置き換えてもいい。モニの前世は、『佐藤ミノル』という人だったんだろう。死んだことによって、モニとして生まれ変わった」
「それが、異世界からの魂の漂流…。なんだか、物語を聞いてるみたいです」
「モニはそれを経験して、記憶しているんだろう。マキという妹との思い出も、自身の死の瞬間もな」
自分が死んだ時の記憶を持っているなんて、どんな気持ちなんだろう。その感覚に怯えながら、毎日生きていたんだろうか。
それとも、妹に裏切られたという気持ちが、モニの心にずっとあったんだろうか。
彼女は、その気持ちを外に漏らさないように隠していたのだろうか。
とてもじゃないが、想像できない。
「村長は、すんなり話を受け入れられたんですね。あたしは規模が大きくてちょっと…」
「ああ。俺は異人に会うのが初めてじゃないからな。パラス王国の首都に行けば、珍しいが会えないことはない」
「そういうもんすか…」
父親ともなれば、娘への理解も深いのだろう。悔しいが、あたしより村長の方がモニの気持ちがわかるらしい。
「ま、まあ。あたし達ができることは、モニを守ること…でいいんですよね?」
「あとは、殺人鬼を捕まえることだ。もし、『入江マキ』が転生しているのだとしたら、再び殺人を犯すだろう。『8年前の殺人事件』とやらの模倣が始まったと言っても過言ではない」
「え、何でそこまでわかるんですか?」
村長は、娘の頭を再び撫でながら一呼吸する。彼のやや釣り上がった目は、モニにそっくりだなとあたしが考えていた時、彼はとんでもないことを口にする。
「恐らく、『入江マキ』は『鬼塚ゴウ』の娘だ」
---
小題変更




