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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
一章.呪いは続くよどこまでも
20/155

19.雪山山荘殺人事件2(2023)

【西暦2023年02月01日16時05分】




 入江マキ、20歳。

 文化祭実行員とバトミントンサークルを両立し、組織を盛り上げる陽キャラ。彼女の顔の広さは学部を超え、大学内ではかなり有名だった。

 誰に対しても優しく、明るく、そして可愛らしい。ミス大学筆頭候補にも関わらず、推薦を辞退する謙虚さ。教授陣からも好かれ、彼女に敵はいない。



 同じ大学にいる僕にも、彼女の影響は及んだ。情報学部で数少ない友達とコソコソとキャンパスライフを謳歌しようとしていた僕の計画は、一瞬にして崩れ去った。

 

 僕を見かけるたびに、彼女はこちらに突っ込んでくる。周りの目を気にせず、僕に言葉をかけたあと嵐のように去る。彼女のせいで僕は浮いた存在になった。 

 おかげで、僕に近づくやつは少ない。マキ目当てで僕の元に来るやつは、全員ぶっ飛ばしといた。



 一度決めたことは、意地でも曲げない。それが彼女の長所でもあり短所でもある。大学ではうまく立ち回っているようだが、僕は振り回されてばかりである。



 太陽の様な女、それが僕の妹だった。 



 僕達が似ているところはない。血も繋がっていない。それでも、家族だった。

 俗にいう養子、というやつだ。


 彼女は8年前の最悪の悪夢、七連続女性刺殺事件の七人目の被害者、『入江華苗』の一人娘だ。

 シングルマザーだった母親が殺されたことにより、入江マキは宙ぶらりんになった。親族もいなければ、頼りになる知り合いもいない。当時12歳だった彼女に、声をかけたのは僕の父親だった。


 警察官で、『鬼塚ゴウ』を追っていた父親もまた、妻を亡くしたばかりだった。母親が殺されたばかりの僕もいたし、境遇が近い者同士、傷を舐め合うことになったのだ。

 とまあ、僕たちの馴れ初めはどうでもいい。



 2月1日、夕暮れ。



 僕はそんな彼女の後をつけていた。




 心地よい雪を踏む音を耳に馴染ませながら、こっそりと前に進む。幸い、この雪山は障害物も多い。木々は雪によって撓み、僕の姿を隠す手助けをしてくれている。彼女の黒く艶のある髪が雪とよく合う。


 彼女が一歩歩くたびに、僕も一歩進む。彼女が右を向けば僕も右を向き、立ち止まれば僕も止まる。



 断じて、ストーカーではない。下心も、疚しい気持ちも全くない。


 これは、尾行だ。僕は、彼女が家を出た時から、こっそり後ろを付いて歩いている。かれこれ、1時間は尾行しているだろう。


 

 僕の予想通り、彼女は『鬼塚ゴウ』の手紙を受け取っていたらしい。2月1日の昼間から支度を始め、家を出た。都内にある自宅から、隣県の山まで一直線で向かった。

 マキが昔住んでいた地域ということもあり、足取りは明確だった

 事件があった裏通りも、通っていた。


 僕たちにとって因縁の山とも言える。彼女は山道をどんどん進む。



 その様子を、僕はこっそりと見ているわけだ。彼女が何を考えているからわからないが、山荘に向かうなど馬鹿にも程がある。碌でもないことが起きるに決まっている。


 なのに、マキは向かう。あいつは、納得ができないことはできるまで突き詰める。仮に僕と全く同じ手紙を受け取っていたとしたら、差出人の目的を調べるだろう。

 もしくは、七連続女性刺殺事件について、知りたいのだろうか。



ーー何にせよ、心配だ…



 

 僕は山荘に行くつもりはなかったが、マキが行くならば話は別だ。彼女を守らないといけない。僕の使命みたいな奴だ。

 山荘に着く前に彼女を連れ帰りたい。一度決めたら曲げない奴だから、できるだけ隠密に。僕が付けていたことを知られたら騒ぐに違いない。

 残されて時間は少ない。


 というか、僕の体力も限界に近づいている。白い息を吐きながら、木に手をつく。

 日頃から運動をしている彼女が休む様子もない。



「くそ、体力お化けめ…」



 はあはあ、と息を吐きながら僕は前に進む。山頂に近づくに連れて、足元はどんどん悪くなっていく。木々に雪が積もり、たまにどさりと落ちる。

 僕を焦らせるように、天候も悪化して来た。雪が降り、視界はより悪くなっていく。かろうじて彼女の黒髪が見える程度の距離は保てているが…

 僕は尾行をするのを諦め、走り出した。隠れる余裕がない。インドア派の僕に雪山登山など無謀だったのだ。



「うわっ」



 視界が真っ白に染まる。どうやら、雪に足を取られたらしい。雪のクッションによって怪我はなかったが、すっかり埋もれてしまった。僕の全身に走る寒気に身を震わせる。

 ため息混じりに立ち上がると、僕の視界に人影が映る。


「あ」

「お兄ちゃん?何でここにいるの?」



 恐る恐る顔を上げると、にっこりと笑いながらこちらを見下ろすマキがいた。その笑顔は誰しも魅力するものだったが、目は冷えていたものだった。




***



「なんだ。お兄ちゃんも手紙来てたのねー、それなら一緒に行けばよかった」

「まあうん」



 マキは僕の手を取りながら、ぐんぐんと山道を登る。気温はどんどん下がって行くが、体は暖まってきた。

 僕の考えを知りもしないのか、彼女はあっけらかんと話す。



「行きたくなさそうだね。お兄ちゃんは」



 彼女は山頂だけを見て、前に進む。表情は前髪で隠れて見えなかった。僕は、意を決して言葉を告げる。



「そりゃそうだ。帰るぞ、マキ」



 またいつもの、嫌々音頭が始まると思っていた。彼女は自分の行動を僕に指図されるのが嫌いだったし、反逆的な精神を持つ。遅い反抗期みたいなものだ。

 だから、僕は力尽くでも彼女を止める覚悟を持って、両手で手を握った。



 だが、マキは予想と反して穏やかな声を上げた。優しく、ゆっくりと、僕を指さした。



「うそつき」

「はぁ?」

「だって、本当はお兄ちゃんも気になっているはずだもん。8年前のあの事件のことを」



 僕は思わず立ち止まる。マキの口から、七連続女性刺殺事件の話題が出ることなど、今までに一度もない。勿論、僕からもだ。

 佐藤家では、禁忌な話題だった。全員があの事件にトラウマを抱えてるからこそ、触れてはならない。特に、マキの傷は大きく、事件後は一ヶ月口を開かなかったほどだ。



「お母さんは何で死ななきゃいけなかったの?お兄ちゃんも、その答えを知りたがっているんだよ」

「それ、は…」

「だから、行こうよ。私達が納得できる答えを探しに。あの山荘には、何かしらの答えが待っていると思う」

「で、でも。怪しすぎる。もし事件を調べるなら、お父さんに頼って、慎重にやった方がいい」



「お兄ちゃん、慎重すぎだよ。大丈夫、大丈夫だよ」

「え?」

「だって、お兄ちゃんが守ってくれるんでしょ?」




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