18.雪山山荘殺人事件1(2023)
【西暦2023年01月31日21時05分】
死者からの手紙が届いたら、君はどうする?
最初は悪戯だと思う。死者を愚弄する趣味の悪い手紙に、憤慨するかもしれない。それでも、封を切って中身は確認するだろう。
実際、死者からの手紙が送られてくることはある。自身の書いた手紙を、死後に送れるシステムが存在する。だから、中身は確認しなければならない。
封を切ったら、一枚の紙が入っていて、見慣れた筆跡だったらどうだ?亡き家族の筆跡だと確信し、涙腺が緩むかもしれない。
僕も、母親からの手紙が来たら、怪しみながらも泣いてしまうかもしれない。内容が感謝や謝罪だったとしても、母親の声で脳内再生されてしまう。
亡き家族以外の手紙だったらどうだろうか。知り合いや友達が死んだ後に、送られる手紙。
親密度によっては感動するだろう。だが、希薄な関係だったらどうでもいい。というか、死んだ手紙とは思わないだろう。身内以外の人間の生死など、不確かなものである。
つまり、死者からの手紙は誰が送ってきたか、ということに評価は依存する。内容は二の次だ。
いや、僕に対しては、一人だけ例外がいる。
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2月1日17時
山荘にて待つ
鬼塚ゴウ
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「…」
僕は無地の封筒に入った質素な手紙を丸め、ゴミ箱に捨てた。
佐藤ミノル、20歳。
大学生活も本日を持って二年目が終了した。月末のテスト期間もあっという間に終わり、明日から冬休みが始まる。
サークルや部活に入っているわけではない僕は、高校の友達と旅行の計画を立てていたところだ。2月中にスキー旅行に行こう、という話し合いまでしていた。
家に帰って、風呂に入って。机に置いてあった封筒を手に取った。父親がポストの中身を机に置いてくれるが、僕宛の手紙など珍しいものだ、と思っていた時だ。
「…」
「どったの?お兄ちゃん?」
「いや、何でもない。風呂先入るから」
「えー、今から入ろうとしてたのにー」
「僕が風呂を沸かしたんだ」
駄々をこねる妹を無視し、脱衣所に向かう。流れるように服を脱ぎ、風呂に入る。湯船に浸かりながら、僕の脳内はあの手紙で埋め尽くされていた。
死者からの手紙といったことから分かるように、七連続女性刺殺事件の犯人、鬼塚ゴウは既に死んでいる。
あの日、マキの証言の通りに鬼塚ゴウは山に逃げこんだ。視野の狭い山道は、逮捕の遅延になった。警察も必死になって追ったが、彼もまた全力で逃げていた。
とはいえ、捜査本部も意地を見せた。山そのものを包囲し、追い詰めた。僕の父親も拳銃を構えながら、彼を取り囲んだらしい。
終わりは突然訪れた。彼は足を滑らして崖から落ちた。父親曰く、焦った表情から事故だろうと言っていた。彼は20mの高さから落ちて死んだ。七連続女性刺殺事件は、呆気なく幕を閉じた。
だから、この手紙は鬼塚ゴウからの手紙ではないことは確かだ。
なぜなら、死者からの手紙などあり得ないからだ。
人が死んだら、そこで終わりだ。
続きなどない。
ーーそれなら、これは誰からだ?
ーーそもそも、なぜ住所を知っている
ーー父親宛ではなく、僕宛なのも不可解だ
ーー8年も経ったんだぞ
ーー山荘…
鬼塚ゴウが最後に逃げ込んだ山頂にある山荘だろう。これも父親から聞いた話だが、鬼塚ゴウは隣県の高校で山岳部だったらしい。それ故に、馴染みの山荘に向かったと予想できた。
山荘に注目しているということは、事件をある程度知っている人物ということだ。
2月1日17時。
日付は、明日の夕方。
ーー何が目的だ
目的のわからない不気味さは確かに鬼塚ゴウに似ている。彼もまた、結果だけを残して過程を飛ばしていた。殺意を抱くまでの経緯は未だに不明だ。
誰が、なんのために。山荘で何が待っているんだ。
「って、行くわけないだろ」
馬鹿馬鹿しい。仮に、事件の関係者だとしたら堂々と尋ねてこい。住所を知っているなら、家に来い。インタビューくらいには答えてやる。
それができないなら、趣味の悪い悪戯だ。相手にする価値もない。大方、七連続女性刺殺殺人事件の全貌を追っているマスコミとかだろうか。鬼塚ゴウの名前を使って呼び出そうとか、性格が悪いにも程がある。訴えたら勝てそうだ。
「お兄ちゃん!早く出てよー」
「はいはい」
扉の向こうから、マキの声が聞こえる。自分は長風呂が好きなくせに、僕には早く出てほしいという。我儘な妹だ。
このままゆっくりしていると、全裸で風呂に突入して来かねない。彼女の頭のネジは数本外れている。
体を洗い、さっさと外に出た僕は寝巻きに着替える。リビングに出ると、寝巻きを脇に抱えたマキが呆れた目でこちらを見ていた。
「長い!」
「10分しか経ってないんだけど…」
「私を待たせている自覚はないの?」
「ねーよ」
「次からは私が先入るからねー」とだけ言葉を残し、彼女は風呂に向かう。全くもって自分勝手な奴である。
彼女の背中を見ながら、僕はゴミ箱に視線を移した。
ーー…
「なあ、マキ」
「ん?」
「手紙来たか?」
僕は碌に説明もせず、端的に聞いた。
僕と同じく七連続女性刺殺事件で母親を亡くしたマキもまた、手紙が送られててもおかしくない。
それでも、彼女には過去を思い出して欲しくなかった。あの事件は、未だに彼女の心を蝕んでいる。トラウマは消えないのだ。
それこそ、鬼塚ゴウの名前すら見せたくない。
「ん?送られてないけど」
彼女は首を傾げ、唇を少し尖らせながら、そう言った。そのままリビングを出て、脱衣所に入っていった。
残された僕は、ゴミ箱か、捨てた手紙を拾う。皺皺になったそれを広げ、改めて手紙を見つめる。
「まずいな…」
マキは嘘をついている。
彼女が唇を少し尖らせる時は、何かを隠している時だ。その癖が、今使われていた。
彼女は手紙を受け取っている。
そして、マキなら山荘に行く。
彼女の性格を知っている僕は、確信を持った。




