17.七連続女性刺殺事件3(2015)
【七連続女性刺殺事件報告書2】
報告書
事件名: 都内X駅付近における七連続女性刺殺事件
報告者: 警視庁 特別捜査本部
事件の概要:
【西暦2015年06月30日】
21:20:
捜査本部によって、犯人の特定に成功。犯人の名前は『鬼塚ゴウ』で、現場周辺の監視カメラの映像で顔写真を入手。凶器の購入履歴から、個人の特定に至った。
43歳、男性。X駅周辺に住む、金融業正社員。
また、犯人は都内の刃物専門店で凶器に使われた赤い柄の包丁を七本購入していたことがわかった。
23:00:
犯人宅を特定。捜査本部によって捜索が行われた。十二歳の子供を、家の中で発見。犯人家族として、捜査本部によって保護した。
【西暦2015年07月01日】
12:00:
監視カメラによる捜索も、住宅街に差し掛かった段階で打ちとめられる。犯人の動向を完全に見失う。
18:00:
隣県の住宅街で被害者女性Fが倒れているところを、近隣住民が発見。通報時は意識があったが、搬送中に死亡。死因は胸部の刺し傷による心停止。
捜査本部は、隣県を完全に包囲。
18:30:
隣町の裏通りで被害者女性Gが包丁で刺され、胸部の刺し傷により即死。近くにいた警察官によって発見。現場に残されていた、被害者女性Gの娘を保護。
***
【西暦2015年07月01日18:30】
「警視庁の佐藤だ!!話通ってんだろ!!早く来い!」
僕達がその道に辿り着いた時には、既に悲劇は終わっていた。
地面全体に広がる赤いヴェール、鼻に刺さる血の香り、そして、花のように咲く赤い柄の包丁。
今回の事件の七人目の被害者は、無惨に血をばら撒きながら、倒れていた。
昨夜から走り続けていた僕たちの体力は限界に近かったが、それでも体は動く。鬼塚ゴウが隣県の高校に所属していたという情報から、隣県に向かったのは正解だったらしい。
それでも、鬼塚ゴウは何枚も上手だった。都内の警察の包囲網を潜り抜け、隣県に入ってからすぐに二人殺した。
父親の救急車を叫びながら呼ぶその姿に、他の警察官も集まってくる。「新たな被害者発見、応援求」という無機質な声が耳に入ってくる。
目の前にある母親に酷似している死体から目を逸らし、僕は壁際で体を震わせている女の子の方による。
彼女こそ、第一発見者なのだろう。死体を見つけた瞬間の衝撃を知っている僕は、彼女の気持ちが痛いほど理解できた。
震える肩をゆっくりと抑え背中を刺すってやると、 細い声が聞こえてきた。
「おか、お母さん、お母さんが」
ーーああ。
思わず、彼女の体を抱きしめる。普段だったら女の子に触ることすら苦手だった僕も、随分と大胆になった。
だけど、彼女の気持ちは、僕が理解してあげなければならない。僕だけが、理解できるのだ。
母親を失った、呪いをかけられた子供。
その苦しみは、同じ呪われた子供にしか分けられない。
少女は僕の抱擁に体をビクリと動かしたあと、細かく震え出す。そのまま、わんわんと泣き始めた。悲しみと、恐怖と、絶望。色々な感情が混ざった涙は、流れていった。
「僕も、同じ男にお母さんを殺されたんだ。二度とこんな悲劇は起こしてはならない」
「う、ううう」
「だから、犯人がどこに向かったか、わかるかい?」
最も苦しい記憶を呼び起こさせるのは、酷な話だろう。だが、既に七人殺されている。八人目は、あってはならない。
ーーいや、でも…。鬼塚ゴウは、七本しか包丁を買っていないんじゃ
だから、この事件は終わりだというのか?
そんなわけがない。僕たちは、奴を断罪しなければならない。
少女に期待していたわけじゃない。それでも、少しでも手掛かりになればと思った。
彼女は僕に抱きつきながら、片方の手をゆっくりとあげた。震えるその手は、ある方向を指差した。
隣県と、県を結ぶ、一つの山。
「お父さん!山だ。鬼塚ゴウは山に向かったんだ!」
「山?くっそ、通りで監視カメラに映ってないわけだ!」
死体を調べていた父親は僕の言葉に大きく顔をあげる。彼はすぐに走り出し、僕の方向に叫ぶ。
「ミノル、その娘は任せた!」
「う、うん」
僕も行く、と叫ぶ暇すらなかった。父親は付近の警察官を引き連れ、遠くに見える山に向かって走り出した。
僕の怒りは、鬼塚ゴウに吐き出さなければならない。そうしなければ、呪いは解かれることはない。
だが、この少女を一人にすることもまた、できなかった。
父親が呼んだ救急車が到着する。七人目となると、恐るべき手際で治療が開始された。少女もまた、救急車に乗せられる筈だったが、僕の体から離れなかった。
パトカーに乗せられ、僕は再び病院に戻ってきた。
残酷にも、病院には娘を待つ母親の姿はなかった。
七連続女性刺殺殺人事件の最後の被害者は、命を落とした。
合計七人。二日間に分けて、40代の女性たちが突然殺された。
使われた凶器は、『赤い柄の包丁』。この猟奇的な殺人事件は、後世へと伝わり続ける。
少女が僕から離れたのは、日付が変わった頃だった。
心身ともに疲労は限界に達し、隣で気絶するように寝ている彼女を横目に、僕も瞼を閉じた。
後に少女は佐藤警部に引き取られ、養子として僕の義妹になる。
これが、佐藤ミノルと入江マキの出会いだった。
訂正:07月01日
(日付誤り)




