16.七連続女性刺殺事件2(2015)
少しだけ過去回想です
【西暦2015年06月30日21:30】
母親の姿は綺麗に整えられていた。もうすでに母親の生きていた面影はなく、彼女が帰ってこないことを実感した。
僕たちは、それでまた泣いた。
「帰ろう…」
僕たちは俯きながら、ゆっくりと歩く。病院の出口で一度だけ振り返り、母親がいた部屋を見つめたあと、また歩き始めた。
春は終わり、大分暖かくなってきた。なのに、とても冷たい風が僕たちに吹き込む。父親も僕の手を握りしめ、「寒いな…」とだけ呟いた。
身長の高い父親は夜に飲まれ、表情は見えない。
「佐藤警部!ちょっと待て」
後ろを振り向くと、出口に一人の警察官が立っていた。老警官で、父親の同僚だった男だ。彼は少し迷った表情を浮かべながら、こちらに向かって歩いてくる。
「なんだ」
「いや、な。捜査本部で新しい情報が出たから、少しだけお前に話しておこうと思ってな」
「俺は休暇じゃないのかよ」
「どうせお前は一人でも捜査をするんだろう?言って聞くようなやつじゃないのはわかってる。お前を拘束する人員もない。知っておいた方が良いと、私は思う」
彼はゆっくりと言葉を続けた。
「殺人鬼の名前は『鬼塚ゴウ』。都内で働く普通の会社員だ。43歳で子供もいる」
ーー鬼塚、ゴウ
僕は名前を心の中で復唱した。鬼塚ゴウ。それが、僕の母親を殺した男の名前だ。
43歳だと、父親とほとんど年齢が変わらない。もしかしたら、子供は僕と同世代なのかもしれない。
「ああ?会社員だと?」
「そうだ。今日も出勤していたらしい。帰り道に、『赤い柄の包丁』を七本買い、そのままX駅に寄った」
防犯カメラから得た情報らしい。五つの殺人は全て都内で行われ、退社の時間と犯行の時間は連続している。X駅の防犯カメラから追跡するのは容易だったようだ。
「迷いのない足取りから、連続的な殺人は計画的だったことがわかる。だが、被害者の共通性の無さ、場所などから誰を殺すかまでは決めていなかったようだな」
「…」
ーー誰を殺すか、決めてなかった?
包丁を七本買ったということは、何人殺すかは決めていたはずだ。数が重要で、誰かは関係なかった?
僕の脳内では色々な可能性が浮上する。母親が、殺されなければいけなかった理由がなんなのか、僕は知りたかった。
だが、そのどれも鬼塚ゴウの動向とは当てはまらない。
理解不能。
それは、父親も同じだったらしい。
僕の手を強く握り締め、怒りを抑えていた。そのまま老警官に背を向け、歩き出す。
「死ぬんじゃないぞ」
老警官の声に少しだけ動きを止めた父親だったが、すぐに歩き出す。手をひらひらと老警官に向け、別れを告げた。
僕たちの帰り道は、ひどく静かで。風の音だけが耳に当たる。
病院は僕たちの家から近く、帰り道も見慣れたものだった。しかし、全く別の世界のように見えた。
途中で何人もの警察官とすれ違う。父親に会釈する者もいれば、素通りする者もいる。増援で呼ばれた人たちだろうか。
都内近辺は、大勢の警察官によって包囲されているようだ。僕たちの家の前に着いたときも、警察官が何人かいた。
玄関の前に着いてようやく、父親は僕の手を離した。血液がジンジンと流れ、何だか変な気分だった。
扉の前の照明に照らされ、初めて父親の表情を見ることができた。母親の死を受け入れて泣いていた顔はそこにはなく、怒りを通り越した、仮面のような表情。
彼の口がゆっくりと開かれ、僕に言葉を告げる…、前に、僕が言葉を遮った。
「ミノルは家に、」
「行くよ」
「え?」
父親の言葉が続く前に、僕は大声で言った。
「鬼塚ゴウを探しに、僕も行く」
「危ないから、お前は家で待ってろ」
「嫌だ。危ないのはお父さんも同じだ。捜査本部から外されたって言ってたじゃないか」
「これは遊びじゃないんだぞ」
「そんなのはわかってる。それに、」
鬼塚ゴウの動機の読めない殺人。なぜ、母親は殺されなければならなかったのか。心の奥に生まれたこの気持ちは父親だけのものじゃない。
僕は、息を吸って父親のお腹に拳を突きつける。
「怒ってるのは、僕も同じだ」
父親は目を見開き、再び僕の手を握りしめた。
母親を失ってから、約3時間後。
僕たちは、怒りの赴くまま、深夜の都内を探索し始めた。
どこかに隠れている、殺人鬼を見つけるために。
章題に(2015年)を追加




