152.続きの終わり7
【魔暦593年07月04日19時40分】
実は、僕は引き金を引いていなくて。あの金髪の美青年は死んでいない、なんて展開はありえない。すでに死にかけてはいたとはいえ、あのまま放置していれば、鬼塚ゴウのように生きたまま呪異物になる可能性すらあった。
僕は引き金を引いた。そして、それはスカー・バレントの胸部を貫き、肉体を破壊した。呆気なく、彼の人生は幕を閉じた。
如月ランが転生しても、村田アイカが転生しても、そして恐らく立花ナオキが転生しても、死ぬ瞬間の顔は同じだっただろう。
青木ユイと偽りの名前を騙って雪山山荘に現れた鬼塚サツキは、平井ショウケイの毒物によって死を迎えた。自身にかけられた呪いに縛られたままその生涯を終えた。故に、絶望に満ちた表情を浮かべたまま、死んだ。
しかし、スカー・バレントは違った。自身の父親に寄りかかりながら、呪いなど一切ない、真っ新な状態で笑いながら死んだ。満足したように、安らかに死んだ。
それが、良いことなのかは判断に困る話だ。鬼塚サツキは、雪山山荘で五人を殺したし、スカー・バレントはヘルト村で四人を殺した。だから、副院長が言うように懺悔の言葉を言い続けながら、最大限に苦しんで死ぬべき存在だ。
だけど、僕は満足した。同じ呪いの探究者として、イフの存在としてのスカーが、安心して死を迎えられるのならば。僕もまた、好き勝手にやっても楽しい最期を迎えられるんじゃないか。そう思った。
残すは、鬼塚ゴウ。僕は、流れるように銃口を隣の男に向けた。
瞳だけが、動く。数百年生き続けた呪異物は、言葉を発さず、表情を崩さない。己の娘の転生体が目の間で殺されたというのに、動じることもない。ただ、そこにいるだけだった。
唯、呪いを振りまくだけ。その名の通り、呪われた異世界の漂流物。
「く、くくく」
笑い声。別に鬼塚ゴウが不気味な笑い声をあげたわけではない。副院長が、銃声を聞いてこちらに戻ってきたわけでもない。
僕の笑いだ。モニ・アオストの笑い声だ。
「あはははははは」
僕は天井に銃口を向け、そのまま打ち込む。これが、二度目の銃声。ぱらぱらと天井から土片が落ちてくるが、それだけだった。
「そうか。生きた呪いか。あははは。ふふふ。そんなの、そんな存在なんて」
洞窟に響く僕の笑い声を消すように、両手で口元を押さえる。てから滑り落ちた拳銃が僕の足元で跳ねる。
雪山山荘で死んだ八人の呪われた子供たちを、ヘルト村に転生させた張本人。世界のシステムに干渉するほどの呪いを持つ、未知の存在。
「なんて、素敵な存在だ」
ここに副院長が戻ってきたのならば、また話は違っただろう。鬼塚サツキを殺し、鬼塚ゴウを殺し、それで終わりだ。
魔法学院のトップツーかつ、事件の全てを把握しているカウエシロイ教室の創設者。事後処理を行うにしては最適だったはずだ。
だけれど、僕の隣には誰もいない。平井ショウケイと己を定めたあの天使は、既にロスト山から去ったのかもしれない。
ここにいるのは、僕だけ。
僕と、鬼塚ゴウだけ。
僕と、呪いだけ。
「まったく」
僕は嘆息した。己の在り方と、鬼塚ゴウの在り方に。僕が呪いの探究者で、彼は呪いそのものだった。それが故に、この邂逅は本来あってはならないものだった。
「始まるのかな。新しい物語が」
鬼塚ゴウは答えない。僕のことをじっとりと黒い瞳で見つめながら、口を動かさない。
僕はそれを、肯定と捉えた。
こうして、雪山山荘密室殺人とヘルト村連続殺人事件は、同時に幕を閉じた。
ヘルト村は平和そのものとなり、二日ほどたったらいつものような活気のある村に戻った。
唯、僕の人生はもとには戻らなかった。
モニ・アオストとして、新しい人生が始まった、と言えるだろう。




