151.続きの終わり6
【魔暦593年07月04日19時40分】
七連続女性刺殺事件は終わった事件ではなかった。雪山山荘密室殺人と関わっているわけではなかったが、ヘルト村連続殺人事件を引き起こしたのは、呪異物鬼塚ゴウの影響だった。
殺人事件の続きは異世界で。そんなことをいつまでも言ってられるほど、僕は過去にこだわらない。
続きはもういい。
謎は既に解かれている。僕は、鬼塚サツキを理解した。呪いは、もうない。
だから、鬼塚親子が生き続ける理由もない。
「もう一度聞く。副院長、貴方は誰だ」
それは、問いではなかった。僕は目の前の天使が誰なのかは知っていたし、この男もまた自分が誰なのか理解していた。だから、そう。言うなれば、選択だった。
エリク・オーケアとして呪異物を保護するか、平井ショウケイとして鬼塚サツキの死を願うか。僕が佐藤ミノルを捨てモニ・アオストになったように。この天使にも決断の日が来た。
洞窟全体を照らしていた光がふっと消える。「もういい。勝手にしろ」と、平井ショウケイは言葉を残して背を向ける。そのまま、足跡を派手に鳴らしながら、洞窟を後にした。
僕はチラリとそちらを見て、肩をすくめる。こいつは、そういうやつだよな。
残されたのは、二人の瀕死体と、一人の美少女。
銃口を突き付けたまま、僕は口を開く。先ほどまでは、副院長に向けていたものだったが、今は独り言だった。
「鬼塚サツキとしては、満足だったのかもしれないけどさ。スカーとしては、どうだったんだろうな」
その言葉を最後に、僕は引き金を引くつもりだった。人殺しを行う恐怖なんてものは今更ない。どちらかというと、少しばかり興味はあった。
鬼塚ゴウが人を殺し、鬼塚サツキはその手段を真似た。同じ探究者として、鬼塚サツキの目線に立ってみたいと思うのは自然だった。だから、引き金を引く指に力が入ったまま止まったのは、その目線に気がついたからだ。一秒でも遅れたら、銃弾は解き放たれていただろう。
瀕死で、今にも消えてなくなりそうだった金髪の美青年の瞳が、僕をみていた。一切のぶれなく、はっきりとした黒目で。頼り甲斐のある、笑みを浮かべながら。
「ほかのさんにんには、悪いことをしたと思っている、さ」
独り言ではない。これは、対話だった。
他の三人。スカーを除いた、正義の四人組のことだった。僕の目の前にいるのは、先ほどまでの鬼塚ゴウの娘ではなかった。この世界の住人、スカー・バレントだった。
「特に、リエットには、いろいろ背負わせてしまったかな。それだけが、心残りだ」
「ふん。今頃、お父さんに捕まっているだろうから安心しなよ。ロイは、甘ちゃんだからね」
「そうか。そうだなぁ」
と、彼はため息をつく。それは血と共に吐き出されたものだったが、彼は全く苦しい表情を浮かべなかった。むしろ、心地の良いような。
なるほど。確かに殺人とは対話である。人は、自らの命が絶たれる瞬間こそ、偽りのない自分になれる。最後に現れる人格こそが、主人格たりえる。
だから、雪山山荘の死体と、ヘルト村で生まれた死体は表情が同じだったのだ。みんな、前世の人格を引きずっていた。首切り死体として発見されたケイウィだけは、例外だろうが。
意外なことに、この男は死の間際スカー・バレントに戻った。絶望の表情を浮かべて死んだ鬼塚サツキとは違う未来を選んだ。
「楽しかったなぁ。立花ナオキみたいな、正義の心を持った、普通の人間を演じているときは」
「なんだ。殺人鬼は普通じゃないってわかっていたのね」
「そりゃあ。俺は、パパみたいになれないってわかっていたさ。だから、いろいろためしたけど、やっぱりだめだった。ユイちゃんみたいに、なんでも普通に定義できたら、楽だったのにな」
「そいつらも、そいつらなりに苦悩があったとは思うけどね」
「はは。そうだね。でも、まあ。最後に君みたいな人に会えてよかったよ。俺と同じ、未知という呪いから逃げられない、救えない人間に会えて」
それは、僕も同じだ。呪いの探究者として、僕がなりうる未来を教えてくれた。
スカー・バレントという男に会えて、僕はよかったと心の底から思える。
だから、終わらせよう。僕が、この手で、終わらせよう。
再び、引き金に指をかける。僕は最後の言葉を告げた。ほんの少し前にできた、新しい友達に別れの言葉を告げた。
「それじゃあ。ばいばい。スカー・バレント」
呪いの言葉や、罵詈雑言や、恨みの言葉を期待していたのだろうか。スカーはきょとんと目を開き、少し後にふっと笑った。
スカーらしい、爽やかな笑みだった。そして、殺人鬼の最後とは思えないほど余裕に満ちた軽い遺言を告げた。
「また、来世で会おう。モニ・アオスト」




