14.仮面の村5
【魔歴593年07月02日00時02分】
「いやぁ、はっはっはっ」
「へへへ」
「はっはっはっ」
魔法学院警備隊ヘルト村支部、一階にある仮眠室。先ほどまで静寂そのものだったその一室は、笑いに包まれていた。
部屋の中心で、腕を組みながら高らかに笑うロイ。それに釣られて、口を歪めながら笑い声をこぼすルミ。お互いは見合い、頬をかきながら照れ隠しをしていた。
二人のあまりにも気まずいその様子は、写真に撮って収めたい程だった。
話し合ってみたら単純だった。
死体を見た直後に走り出した僕を見たルミは、違和感を感じた。僕が何か証拠を掴んだのだと思ったらしい。何かに巻き込まれているに違いないと確信した彼女は、すぐに動き始めた。
仮眠室からスタウ隊長が出ていったのと入れ替わりで、僕の部屋に侵入。誰かが入ってくるまで、透明化の魔法で隠れていたというわけだ。何なら、犯人を捕まえる気だった。
ロイの方はもっと単純だ。僕の「会いたかったぜ、マキ」という台詞に違和感を感じ、何かが起きていると気づいた。気配を探ると、本当に部屋に二人目の誰かがいた。それも、透明化の魔法を使っているときた。
娘がいる仮眠室に、透明化の謎の人物。そんなの、殺人鬼であるに決まっている。ロイはすぐさまロングソードを呼び寄せ、部屋に侵入。僕を守るために、距離を一気に詰めた、というわけだ。
対して、僕は椅子で殴りかかり、急所を蹴り上げた。ロイは守るべき対象からの攻撃に大混乱だっただろう。それでも、敵対者に剣を向け続けた彼はさすがと言ったところだ。
殺意を持って、お互いに武器を向けた。だから、ロイとルミは気まずそうに笑い合っているのだ。否、笑うことでしかこの状況を保つことはできない。
二人とも、僕を守るために行動した故の結果だった。
「あー」
――最高だぜ、この二人
頭痛やら、吐き気は一瞬にして吹き飛んだ。こんなに僕のことを考えてくれている二人がいるんだ。何も怖いことはない。
さっきまで二人を疑っていたという都合の悪いことも、すぐに忘れる。人を疑うことへの自己嫌悪?陥るわけがない。
疑いの先に、信用がある。
「とりあえず、お父さんごめん。めちゃくちゃ殺すつもりで殴った」
「ああ、椅子のことか?それよりも股間への足蹴りの方がやばいんだけど」
「うん、ごめんごめん」
軽々しく謝る僕に、彼は笑って「ま、気にすんな」、とだけ言った。
僕とルミは仲良くベッドに腰をかける。ロイも肩をすくめながら、壁に寄りかかる。椅子は砕け散ってしまったので、仮眠室には座れる場所はベッドしかない。
ロイは、僕に理由を聞かない。僕の不可解な発言にも、行動にも。異常事態の時でも、真っ先に僕の元に来た。例え相手が僕の親友だとしても、殺す気で僕を守った。
彼はそういう男なのだ。娘のことを第一に考え、疑いすらしない。こんなにいい男が、殺人鬼のわけがない。
「にしても、ルミちゃん。成長したな。透明化まで出来るようになったのか」
「あー、はい」
「安心しろ。ラスには言わないから」
ラス、というのはラス・スタウーーつまり、ルミとオルの父親であり、警備隊ヘルト村支部の隊長のことだ。
透明化は、一級魔法免許が必要な魔法だ。犯罪と戦争以外に使い道のない魔法は、管理がより厳しい。無免許で使ったとなると、かなり重罪だ。例えるならば、渋谷駅のスクランブル交差点のど真ん中で、アサルトライフルを振り回しているようなものだ。
それほどの覚悟で、僕を守ろうとしていた、と考えるか。
確信した。
この二人はマキではない。永久的な、僕の仲間だ。
拳を握りしめる。悲観的な考えは消えた。彼らに協力してもらい、マキを見つけ出す。それが、最優先だ。
「二人とも、聞いてほしい事がある」
僕の様子に、二人は真剣な目つきで頷く。
ロイは表情は真面目だが、口元は少し緩んでいる。三歳の家出以降、彼から『異人』という転生者の話は出てこなかった。僕が前世の話をしたがらない様子から、気を遣っていたのだろう。
僕は、とうとう前世の記憶を口にする。何も、隠していたわけではない。思い出しなくなかったから、記憶に蓋をしていただけだ。
悲劇的な過去の話をモニ・アオストの人生に近づけたくなかった。だけど、そうもいかない状況になった。
語らなければならない。このヘルト村で起きている事件の前日譚を。
「あれは、今から十六年前のこと…」
***
十六年前は生まれたばっかじゃないか、という質問は尤もだ。
ルミには話していなかったが、僕には前世の記憶がある。
魂の漂流、異世界からの紛れた人、つまり、異人だ。
僕たちの世界では、転生者と呼ばれている。
ルミを信用していなかったわけでも、隠していたわけでもない。純粋に、僕は前世の話をしたくなかったんだ。
前世の僕の人生は、散々なものだった。十二歳の時に母親を亡くし、二十歳で死んだ。パラス王国の平均寿命は八十歳と聞いた事があるが、僕がいたところでもそのくらいだ。つまり、二十歳で死ぬということは、大分珍しい。
しかも、死に方がさらにレアだ。
ルミも覚えているだろうか。
僕たちが帰り道で見た、死体の胸元を。
『赤い柄の包丁』によって心臓を一突きされていた。
普通じゃありえない死に方。刺殺。しかも、特徴的な凶器によってだ。
僕が住んでいた日本という国で、『赤い柄の包丁』と『心臓を一突き』という単語を聞けば、誰しもが思い浮かぶ事件がある。
僕が十二歳の時に起きた、『七連続女性刺殺事件』。七人の四十代女性が連続で刺殺されるという、最悪の通り魔事件。
この事件で使われたのが、『赤い柄の包丁』で、しかも心臓を一突き。
そして、僕が二十歳の時に起きた、雪山山荘密室殺人。僕もまた『赤い柄の包丁』で、心臓を一突きされて死んだのだ。
これは、僕の前世の悲劇の物語。
ヘルト村の事件と密接に関わりのある、異世界殺人の前日譚だ。




