148.続きの終わり3
【魔暦593年07月04日19時15分】
エリク・オーケアは語らない。
カウエシロイは語らない。
平井ショウケイも、何も語らなかった。
佐藤ミノルは聞かない。
モニ・アオストも、何も聞かなかった。
ヘルト村北部、ロスト山。山頂に続く道中の、ふとした脇にある数十メートルの崖、その中央付近にある自然の洞窟。
ここに来るのは二度目だった。一度目は、僕が足を踏み外し、ルミに救われた時だ。落下のショックで気を失ってから目を覚ました時も、洞窟の中はこんなふうに赤に染まっていた。
今回はクソ天使こと副院長に優雅に輸送してもらったので、崖から洞窟までの道のりを目視できていた。山道から滑り落ちたとしたら、二十メートルは落下したことになる。
二十メートル。そのまま落ちたら即死だが、壁面から生える木々が緩衝材の代わりとして機能していた。勢いを殺し、時折飛び出ている岩に肉体を打ち付け、パチンコ玉のように左右に揺れながら落下する。
僕のような華奢で、可愛いだけの美少女が落ちたとしたら、潰れた肉塊が出現することになるだろう。
だが、例えば元登山部の四十代男性だったら? 例えば、幼い頃から体を鍛えていた十七歳の金髪の美青年だったら?
出血は止まることを知らず、身体中の骨という骨が折れて砕けたとしても。ルミのような異次元の回復魔法がなかったとしても。必ず死ぬと断定するかもはできない。
現に、僕より先に崖から滑り落ちた、スカー・バレントの姿はなかった。代わりに赤黒い血の池が広がり、何かを引きずるように洞窟の奥へと血の跡が続いている。
暗闇が広がる、洞窟の深部。前回足を踏み入れた時は、一歩踏み出すごとに視界が狭まり、闇に飲まれて行った。あの時は、視界不良の魔法でも仕掛けられていて、奥に金銀財宝が眠っているのではないかと考えていたけれど。
なるほど、今なら理解できる。
異人である僕らに、魔法が効くはずがない。科学でも無く、魔法でもないものが行く手を阻んでいる。となると、一つしかない。
解明不能の第三の理。回復魔法すら貫通し、魔法無効化特性を持つ異人すら殺す、この世界の謎。つまり、世界にかけられた呪い。
呪異物。
エリク・オーケアこと副院長は、もともとロスト山に眠る呪異物を排除するために魔法学院から派遣されていた。呪異物の効果は『ヘルト村民以外の立ち入り禁止』というやけに細かい内容だった。
その効果は間違いなく真実だ。魔王討伐戦線が事件解決を行うためにこの村に向かっていたし、ロスト山を呪異物のせいで越えられないという報告もラス隊長の元に届いている。
だが、どこからどこまでがヘルト村で、呪異物の影響を受けているか。そこまでは誰も知らない。
エリク・オーケアがヘルト村に降りてこないのは、呪異物のせいだとばかり思っていた。だが、こいつがカウエシロイで、平井ショウケイだとしたら話は別だ。
既にヘルト村にいたにも関わらず、あえてロスト山に引きこもっていた。わざとらしく翼を羽ばたかせ、魔法を使っているフリをした。
そららは全て、ヘルト村民ではないと誤認させ、異人ではないと思わせるためだった。自分の力で、登場人物一覧表から名前を消した。
洞窟内部に降り立ち、翼をふわりとたたむ。羽と光のオーブが幻想的に洞窟を照らし、七色の光帯が神秘的に輝く。
僕をゆっくりと降ろし、エリク・オーケアは言った。
「ふん。昔、天使の魔王という悪趣味な怪物がいてな。あらゆる魔道具と呪異物を使って、天国っていう国を作りやがった。それを、ロイ、ラス、ケイウィ、そして俺の四人で討伐したことがあった」
「ラス隊長のことを先生って言ってたのは、魔道具の先生ってことね」
「そういうことだ。最終的に、戦利品を全部盗んで逃げたら、この村を追い出されることになった。ふん、まあその追放が魔法学院副院長に上り詰めるきっかけになったから感謝しているぜ」
彼を魔法使いと誤認させた、天使の翼も光帯も、全て天使の魔王が使っていた魔道具だった、ということだ。
その三人とは、その後も繋がりを持っていた。ケイウィとは、勇者担当と魔王討伐戦線として。ラス隊長とは、魔法学院警備隊長と、魔法学院副院長として。
そして、ロイとはヘルト村村長と、カウエシロイ教室創設者として。
ロイだけはカウエシロイを最初から強く警戒していた。正体を知っていたのだろう。ラス隊長やケイウィから嫌われていた理由もよくわかる。
だが、僕が気になったのはそこではない。
この先にあるとされる、呪異物だ。副院長がやたらこの洞窟にこだわっていたのは、呪異物を守っていたからだ。宛ら、宝を守る番人の如く。
僕が誤ってこの洞窟に入った時も、副院長は僕を殺そうと拳銃を構えた。しかし、今回は違う。それほど警戒していたにも関わらず、スカー・バレントの血痕は洞窟の奥へと続いている。副院長は、わざとスカーを奥へと進ませた。
この謎は解くまでもない。
この先に、何があるのかは分かりきっていた。
ラス隊長やロイは、佐藤ミノルと入江マキの白骨死体の呪異物こそがこの村を呪っている元凶だと考えた。ケイウィ逮捕後に、事件の後始末として山頂に向かったようだが、それは違う。
あの二つの呪異物は、たった数十年しか経過していない、レベルの低いものだとケイウィは言っていた。それもそのはず、あの死体は呪いの副産物でしかない。
ありとあらゆる元凶。もはや、山の中心部にこの呪異物があったからこそ、雪山山荘で死んだ僕たちはこの村に転生してきたと言ってもいい。
七連続女性刺殺事件の犯人にして、地球から姿を消した殺人鬼。
鬼塚ゴウ。その生身が、洞窟の最奥にはあった。




