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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
終章.エピローグ
148/155

147.続きの終わり2

【魔暦593年07月04日19時10分】


 走る、走る、走る。がむしゃらに、フォームなど気にすることなく、ただ前に進む動作を繰り返す。ここまで本気で走ったことなど、生まれてこの方一度もない。それでも、目線だけは変えなかった。

 次第に酸欠になってきた。もともと、モニ・アオストは運動に適した体ではない。すぐに限界が訪れ、思考が鈍くなってくる。動きだけは止めないよう、足だけは無理やり前に出した。



 昨夜、山火事から僕を逃がしてくれたケイウィを思い出す。彼女は一度も足をひねることなく、この山道を走っていた。あんな身長の低い幼女が、僕を抱えて成し遂げたことだ。僕にだって、できるはずだ。

 前方を走る殺人鬼との距離は、そこまで離れていない。所詮、相手も異人である。常識を超える動きはできない。追いつめているのは、確実にこちらだ。


 それは、まるで、八年前の再来だった。西暦2023年から八年前。つまり、七連続女性刺殺事件の最終日である。


 平行世界のロスト山、鬼塚ゴウが最後に目指した山での逃亡劇。入江マキの母親を殺害したのち、鬼塚ゴウは山頂を目指して山に逃げ込んだ。

 それを、佐藤ミノルの父親、佐藤警部が追いつめていた。自分の足で、走りながら。



 何の因果か、僕の手には佐藤警部が持っていたものと同じ種類の拳銃が握られていた。ニューナンブM60は、先日の誕生日プレゼントでロイからもらった異物だ。前世の父親から、世界線を超え、今世の父親を通して僕の元に漂流してきた。因果、運命……、ここまできたら、スカーに対する呪いなのかもしれない。

 僕は、あえてその存在を公にしていた。拳銃に弾が入っていないと事前知識をスカーに与えていた。全く持って偶然だったが、好都合だ。まさか、銃撃されるとは思っていないだろう。

 弾は入っている。ロイがどうやって拳銃と弾丸を手に入れたかはわからないが、誕生日プレゼントは二つのセットだった。弾は三発。本当に撃てるかどうかは試していないのでわからないが、スカーが止まった瞬間に、僕は発砲する。



 加えて、山頂にも僕らの仲間はいる。入江マキと佐藤ミノルの白骨死体を調べるために、ラス隊長たちが山頂に行っていることは知っていた。ルミによってラス隊長とロイが強制転移したとしても、隊長の腹心の部下は残っているはずである。


 スカー・バレントに逃げ場はない。


 僕らを殺し損ねることも、ラス隊長を呼ばれ防戦一方になることも、リエットとロイが戦うことも計算外のはずだ。殺人鬼の予定はすべて狂い、唯逃げようとしているだけに決まっている。


 それなのに、この心の不安はなんだ。


「そんなこと、わかりきっている、わね」


 状況が同じ。

 鬼塚ゴウを追いつめた時と、全く同じ。鬼塚ゴウになろうとしていたスカーの狙い通りになっている。


 辺りは、火災の影響を逃れた緑の山道に差し掛かってきた。視界はせまくなり、足場も悪くなる。スカーとの距離は十メートルほどしか離れていないはずなのに、随分と遠くに感じる。時折姿が見えなくなり、どきりとするが、彼の金髪は再度捕捉するのに苦労しなかった。


 まさか、わざとこの状況を作った?

 鬼塚ゴウの最後の時間。山道を警察官に追われながら逃げるという状況を重ねることで、鬼塚ゴウへの理解度を高めようとしている?

 子供が親から学ぶのは普通のことだ、スカーはそう言っていた。彼の単調な表情を思い出しながら、思わず笑みが溢れる。



 スカーが、走りながら父親のことを考えているのと同じく、僕もまた、走りながらお父さんのことを考えていた。


 家族が殺された。

 七人の罪のない人間も殺された。

 様々な人に呪いを振り撒いた。


 その殺人鬼を、をあと少しで捕まえられる。

 断罪できる。

 手が届く距離にいる。


 興奮と、怒りが混ざり合って、走る速度を加速させる。


 故に、十メートルほど離れたスカーの姿が消えた時は、焦りを隠すことはできなかった。



「は?」



 消えた。完璧に、その姿見えなくなった。突然、なんの前触れもなく。

 

 僕は口を開き、辺りを見渡す。木々は生茂り、その陰に隠れられるスペースはいくらでもある。だが、息遣いが聞こえないのはおかしい。僕だって、急に立ち止まったから呼吸が苦しくて仕方がなかった。


『鬼塚ゴウは、消えたんだ。髪の毛一本残さず、死体すら残らなかった』


 ケイウィ・クルカ、青木ユイの言葉が脳裏に過る。ロスト山には、解明できていない謎がある。地球の山と繋がる、異物が漂流するこの山で、鬼塚ゴウは消えた。その娘たる鬼塚サツキも、同じように消えたというのか?


 僕は一歩前に足を踏み出す。


 しかし、そのまま足場のない空に着地する。


「あ」



 心の不安の正体はデジャブであることに間違いない。鬼塚ゴウを追いつめる、七連続女性刺殺事件と同じ。だが、それだけではない。

 二日前、僕とルミがロスト山に登頂したときのことだ。あの時、突如魔獣に襲われ、僕たちは逃走した。前へ走り、ちょうど今いるあたりまで逃げ、そして落ちた。


 足を滑らせ、崖から落ちた。宛ら、警察官から逃げていた鬼塚ゴウが崖から滑り落ちたように。名探偵から逃げていた鬼塚サツキが崖から滑り落ちたように。


 僕は、落ちていた。

 地表まで数十メートル、自然界の美しさを体現するような、緑の世界で自由落下。

 あの時は、僕が気絶している間に、ルミがなんとか助けてくれた。全身血だらけで瀕死になっていたルミは、回復魔法で完治したけれど、僕はどうなるだろう。


 落ちる。


 いつのまにか、雲はすっかりと消えていた。数時間前まで豪雨が降っていたことが嘘のように、夜空が広がる。落ちてきそうなほど美しい星空を見て、落ちているのは僕なんだけどな、とくだらないことを考えていた刹那、全身に軽い衝撃が伝わる。


 星は新たな光によって飲まれる。大自然の絶景から、神秘的な白に。光の球体が飛び回り、羽がゆっくりと落ちていく。僕の目線から、崖下へ、ひらひらと。

 僕よりも、羽の方が落下速度が速い。そこで初めて、自由落下が停止していることに気がついた。


「よう、名探偵」


 天国への招待状。死後向かう先は地獄だとばかり思っていたが、どうやら天国へ行けるらしい。

 


「やあ、殺人犯。今回は僕を助けてくれるのね」


 天使は僕の体を両手でお姫様のようにやさしく抱える。これが天国からの使いじゃないのは、そのふざけた黒いサングラスがすぐに証明してくれた。


 視界一杯に広がる、純白の翼、雪のように周囲を舞う光るオーブ、全身を白で統一した、清楚なローブ。

 そして、頭上で回転している七色に光り輝く光帯。


 魔法学院副院長、魔王討伐戦線、カウエシロイ教室創設者、そして、最後の異人。


「俺たちは協力関係にあるからな、佐藤ミノル」

「今はモニ・アオストだ。平井ショウケイ」

「はっ、それなら俺はカウエシロイだがな。まあ、褒めてやる名探偵」


 エリク・オーケアは人を小馬鹿したように、変わらず笑った。


「殺人鬼、スカー・バレントは先に招待してある。行こうぜ、すべてを終わらせに」

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