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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
終章.エピローグ
146/155

145.殺人事件の続きは異世界で4

【魔暦593年07月04日19時00分】


 スカー・バレントこそが、鬼塚サツキなのではないか。その考えに至ったのは、やはりカウエシロイの正体に肉薄した瞬間だった。


 ケイウィ・クルカは青木ユイの転生体である。だけれど、雪山山荘に現れた青木ユイは、ケイウィの前世ではない。

 最初から仕掛けられていた、入れ替わりトリック。

 加えて、毒を盛られたことに気がついた殺人鬼は、自らの胸部に包丁を突き立てることで、死後もなお殺人鬼の正体を不透明にした。


 殺人鬼は、前世の時点でそういう小細工を行っていた。


 そこから生まれた、疑念。


 僕が入江マキになろうとしたのと同じく、殺人鬼は鬼塚ゴウになろうとしていた。他人を理解するために、他人と同じ行動を取った。

 それならば、殺人鬼が別の異人を名乗っていても、おかしくないじゃないか。



 例えば、立花ナオキ。僕は雪山山荘の四日間の間でしか、彼との思い出はない。それならば、自らが立花ナオキと名乗る金髪の青年が、雪山山荘にいた立花ナオキであると証明することはできないのではないか?

 これが、入江マキだったら話は別だ。雪山山荘以前から彼女のことを知っている僕は、入江マキを語る異人がいたとしても、すぐに看破できる。


 前提条件を覆す。カウエシロイは僕にそれを教えてくれた。


 あの火災がなければ、昨夜の時点でスカーを疑えたかもしれない。僕はヘルト村連続殺人事件の死体と雪山山荘密室殺人の死体を照合できる。ラーシーが雪山山荘にいた如月ランで、イアム・タラークが村田アイカだと断言できた。


 ロスト山の一部すら燃やし尽くしたあの火災で、クナシス・ドミトロワの死体だけ表情を見ることができなかった。だからこそ、消去法でクナシスが平井ショウケイだと勘違いしてしまった。仮定が、思考を狭めてしまった。

 これも、殺人鬼が僕の妨害をするために火をつけた、と考えることができる。やむを得ない最終手段だったのかもしれない。


 今ならわかる。正義の四人組として活動していたスカーの前に、プライベートで訪れたクナシスこそ、立花ナオキだったのだろう。自分と似たような、金髪の美青年がいたから見に来た。

 逆に、スカーからしたら驚きだったろう。自分が模倣していた人物が、目の前に現れたのだから。



「スカー・バレント。お前は誰だ」



 凛とした声が、濃霧に響き渡る。誰か問いかけるものであるのと同時に、犯人の告発でもあった。

 僕たちに最初から嘘をつき、ヘルト村全体を欺き、前世からの呪いを解くためだけに、殺人を犯した人物。真犯人の名前は、スカー・バレント。そういう意味を込めた僕の問いは、確実に目の前の金髪の美青年に届いている。そのはずだった。


 それなのに。この男は何も変わらなかった。

 ケイウィのように、闇に引きずり込むような蒼眼をしているわけでもない。アンダーソンのように、不快感の孕んだ笑みを浮かべることもない。ルミのように、怒気を隠すこともしていない。

 ただ、そこにいるだけ。そうあるだけ。スカー・バレントは表情を同じく、先ほどまでと同じ声色で、いつものように頼りがいのある余裕さで、清々しい笑顔を浮かべながら、口を開いた。



「とある人間の話をしよう」



 人間。少女の話。



「自分は特別ではない。自分はあらゆるものの代替品で、いついなくなっても誰も困らない。そういう、十人集めたら八人が一度は考えたことがあるような普通の感情を、常に持ち続けていた普通の少女いた」

「……」

「幼い時からそういう感情を持ち合わせていたこともあって、彼女は友達が少なかった。親戚はもともといない。いるのは、これまた普通の母親と普通の父親だった。平和で平凡な日常。傍から見たら退屈と思われても仕方がないその人生に疑念を抱くことはなかった。なぜなら、他人の人生もまた、他人にとっては普通だったからだ。普通という概念は、平等に与えられていない。そんなことも、時には考えていた。転機は、十二歳の七月の初旬。彼女の普通の母親が、とある殺人鬼に殺された」


 スカー・バレントは変わらず口を開く。



「何の因果もない通り魔に母親が殺された。日常の半分を占めていた存在の欠落。生み出された、普通じゃない空白。その現実を、彼女はどうとらえたのだろうか。例えば、佐藤ミノルは怒りを浮かべ、殺人鬼を探し回った。例えば、平井ショウケイは以後の生涯を復讐に費やすと誓った。例えば、立花ナオキは悪に絶望し正義になるために努力を始めた。例えば、村田アイカは母親の死に対して泣き悲しんだ。例えば、如月ランはその日を境にまじめに生きることをやめた。例えば、入江マキは新しい兄を作ることで空白を埋めた」



 語る。



「彼女は、青木ユイは、そのどれとも違う行動をとった。あいつは、何もしなかった。自身の人生の半分がなくなったとしても、彼女は変わらなかった。自分の人生は普通なのだから、母親が死んだとしてもそれが普通である。そう言ってのけた。大学一年生の時、初めて青木ユイ、ユーちゃんに会ったけれど、全身がしびれたね。こんなにも普通の人間がいるなんて思わなかった。俺は、いや、私がどれだけ普通じゃない人生を送っていたかを自覚してしまった。だけど、それは同時に希望だった。今からでも、普通の人生に戻れる。普通の私の普通の親友。彼女こそが、私の指針だった」


 赤。

 赤色の液体が、僕の肩にかかる。



「あ、ぐ」



 続いて、衝撃。後ろにいた人物が、僕に力なく寄りかかってきたのはすぐわかった。しかし、なぜこの状況でそんな行動をとるのか理解できなかった。なんで、温かい液体を僕にかぶせてきたのかもわからない。

 僕にとって馴染みのあるそれは、匂いだけで何かわかった。

 ああ、これは血か。



「ルミ!」



 振り向いた頃には、僕の黒いローブは血だらけになっていた。赤髪の少女は、その色に負けない赤黒い液体を振りまきながら、崩れ落ちる。重力に従って倒れる中、驚愕の表情で自身の胸元をみる。

 そこには、赤い柄の包丁が深く、突き刺さっていた。肉体からは、血液があふれ出す。

 


「人を殺すことは普通のことだ。子供が親から学ぶのは普通のことだ。親友に感化されて、普通になりたいと思うことも普通だ。普通、普通、普通」

「スカー!!」

「まだやり直せる。まだ知ることができる。異世界に来れたから、まだ戦える。私は、まだ普通に戻れる」



 既に一人称は『俺』から『私』へと変化していた。スカー・バレントは、スカー・バレントを演じることをやめた。

 彼の手には、二本目の赤い柄の包丁が握られていた。そして、普通に笑った。




「殺人事件の続きを、始めよう」


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