144.殺人事件の続き3
【魔暦593年07月04日18時55分】
呪いの正体は、未知である。呪いが続くということは、知ろうとするということである。
これは、僕がヘルト村連続殺人事件を通して学んだことだった。
ケイウィ・クルカは呪いを解こうとし続ける僕に対して、『いつまで昔のことばかり気にしてんだ』と言い放った。知らないことを許容した彼女は、呪いから解放されていた。
呪いを解くための手段は二つしかない。知らないままでいるか、すべてを知るか、だ。
呪いの探求者としての自覚を持った僕にとっては、後者しか解呪の方法はない。だからこうして、旧ラーシー宅の前に立っている。
対して、平井ショウケイは前者を取った。雪山山荘中に毒を散布した彼は、『参加者もろとも殺人鬼さえ死ねばいい』という、すべてを無視するような暴挙に出た。転生という世界のシステムがなければ、彼の目論見は成功していたといえる。
そして、鬼塚サツキ。再三言うようだが、彼女はずっと対話を求めていた。つまり、僕と同じ呪いの探究者だった。
だから、今の僕なら鬼塚サツキの気持ちがよくわかる。彼女がなぜ雪山山荘密室殺人を起こそうとしていたか、理解できる。
鬼塚サツキのように、人殺しになる可能性を、僕だって秘めていた。
モニ・アオスト、三歳の誕生日。前世の記憶に蓋をしながら、僕は入江マキを理解するために彼女のようになっていった。わかりやすく、外見からそろえていった。口調も女性らしくした。勉学も頑張った。学校の人気者になることはできなかったが、それでも、異人から見たら入江マキとしか見えないくらいには、彼女に近づいていた。
それこそが、呪いを解く手段だと思っていた。勘違いではあったが、入江マキがなぜ殺人を犯したか、彼女になることで深層心理を理解しようとした。まったくうまくいかなかったのは、最初から入江マキが殺人鬼なわけではなく、僕が勝手に毒殺で死んだだけだったからだ。
でも、鬼塚サツキは違う。
彼女は、実際に人を殺した。
「鬼塚サツキは、人を殺すことを通して、鬼塚ゴウと対話をしようとした。最後に鬼塚ゴウと対話をした七人の被害者に近い、その遺児たちを殺すことにした」
問一、鬼塚ゴウはなぜ通り魔殺人を行ったのか。
問二、鬼塚サツキはなぜ雪山で殺人を行ったのか。
僕の前に立ちはだかる二つの難問だったが、答えは単純だった。問二の答えこそが、問一だった。
僕が鬼塚ゴウの動機が分からないのと同じく、鬼塚サツキもまた、問一を解くことができなかった。だから、雪山で殺人を行った。
僕が呪いを解くために入江マキになっていったのと同じく、鬼塚サツキもまた、呪いを解くために鬼塚ゴウになろうとした。
「ふむ。興味深い話だね。確かに、これで七連続女性刺殺事件の被害者遺児がターゲットになったことに多少の理解はできる。さすが、モニだね。名探偵の称号はだてじゃない」
「スカー、気が付かない?」
「ん?」
「カウエシロイは、全くもって対話をしてこなかったのよ?」
最初から最後まで、ロスト山に引きこもっている。一度もヘルト村に現れず、誰かと話すときも魔道具による伝達魔法か、代弁教師を通している。
「カウエシロイの今までのやり口は、鬼塚サツキのやり方と異なっている。どちらかというと、平井ショウケイのような、対話を拒む動きをしていた」
「モニの話だと、クナシス・ドミトロワが平井ショウケイなんだろう? 彼はもう死んでいるよ」
「そうね」
相も変わらず、スカーは首をかしげる。僕の真意を理解しかねているのか、時折ルミに目線を飛ばしている。彼女は彼女で、ロスト山に一向に向かう気配のない僕に疑念を抱いているようだった。いつものように、僕の考えを汲み取ってくれるスカーではなかった。
だが、僕は続けた。呪いの探究者として、三度スカーに問いかける。
「あのさ。スカー。どうして嘘をついたの?」
「嘘? 正義の四人組である俺が、いつ嘘ついたっていうんだい」
「最初だよ。僕に、協力を呼び掛けるとき。さっきも言っていたけれど、『死ぬ直前に犯人の顔を見た』って話よ」
「嘘なんかじゃないぜ。現に、その鬼塚サツキってやつが入れ替わっていたとはいえ、殺人鬼は青木ユイの側を被っていた。間違っていないだろう?」
「嘘なんだよ。だって、おかしいでしょう?」
協力してくれるなら、雪山山荘密室殺人の犯人を明かそう。
立花ナオキの転生体、スカー・バレントは確かにそういった。
雪山山荘密室殺人、最終日の被害者である立花ナオキが、そういった。何の疑問もなく、交換条件として、僕らに理のある情報だと理解した上で言い切った。
これは、おかしい。ありえない。
殺人鬼鬼塚サツキは、立花ナオキと平井ショウケイを刺殺した後、平井ショウケイの残した毒によって瀕死に陥り、自らの胸部に包丁を突き立てた。つまり、立花ナオキが死んだときには、青木ユイの皮を被った鬼塚サツキは生きていた。立花ナオキ目線では、雪山山荘密室殺人の最後を知らないはずである。
それだけじゃない。佐藤ミノルが毒殺されたことも、雪山山荘が全焼したのも、入江マキが自殺したことも。すべてを最初から知っていたのは、当事者であるオル・スタウだけだった。僕ですら、自分が何で死んだか知らなかった。
「立花ナオキが、僕たちが鬼塚サツキに殺されていないと知っているわけがない。雪山山荘密室殺人の犯人を明かそうなんて、最初から交渉材料にならないのよ」
異人ならば、全員が死の間際に犯人の顔を見ている。それは、共通の情報のはずだ。佐藤ミノルと入江マキが、鬼塚サツキ以外の要因で死んだと知っているのは、鬼塚サツキ本人だけだ。自分が殺していないのに、転生している。つまり、自分と同じように毒に触れて死んだと、察することができる。
あるいは、平井ショウケイならば知っていたかもしれない。自分が毒をまいた場所を触った人物がいれば、いずれ死ぬとわかる。
少なくとも、立花ナオキは絶対に知りえない情報だと断言できる。先に死んだ立花ナオキならば、その後に死んだ入江マキや佐野ミノルも、同じように殺人鬼に刺殺したと考えるのが自然だ。寧ろ、犯人が誰かなんて、推理するまでもなく共通認識な筈だった。
それなのに、スカーは僕たちが殺人鬼の正体を知らない前提で話を進めていた。僕たち目線だと、雪山山荘殺人事件が解決していないのだと理解していた。
僕は、変わらずとぼけたふりを続ける金髪の美青年を睨む。今までの茶番は、ここで終わる。
殺人事件の続きは、何も殺人だけではない。事件解決もまた、続きになる。
始めよう。雪山山荘で終わらせられなかった後始末を。
「スカー・バレント。お前は誰だ」




