143.殺人事件の続き2
【魔暦593年07月04日18時55分】
旧ラーシー宅に、一人佇む金髪の美青年。霧の濃さに周りの人間が見えないわけではなく、本当に一人だった。彼が一人で行動するのは珍しい。正義の四人組は、常に誰かしらと行動している印象だった。
どうやら、デルタとリエットは先にロスト山に向かっているらしい。地雷のように、道中に罠が仕掛けられている可能性を考慮した、とのこと。
つまり、ここにいるのは僕たち三人だけ。
「この山は…」
二人を先に向かわせ、僕らを待っていたスカー。彼は、すぐにロスト山に向かうわけでもなく、曇天の空を見ながら口を開いた。
「この山は、鬼塚ゴウが向かった最後の山とつながっている。佐藤ミノルと入江マキの白骨死体や、雪山山荘の残骸があったことから、それは間違いない、という認識であっているかな。名探偵」
「名探偵って呼ぶな。まあ、ロスト山が日本世界と繋がっているのはそうだと思う。ケイウィも、この世界は日本の平行世界だって断言していたし」
「ふふふ。そうか。それは、今までの謎がすべて溶けていくような話だね。暴走ガールズが随分と前からロスト山に執着していたのも、それを知っていたからかい?」
「まあ、そんな感じかな」
そんな感じではない。僕らがラーシーに脅しをかけて無理やりロスト山探索をしていたのは、ルミが異物コレクターだったからだ。彼女に付いていった僕に意思はない。それだけは、呪いも何も関係ない、この世界特有の動機だった。
僕の適当についた嘘に気が付くこともなく、スカーは話を続けた。
「さすが、モニ・アオストだ。いやね。俺はカウエシロイとモニが手を組んでいるんじゃないか、そう疑った時期もあったんだぜ。代弁教師の三人目の正体は君で、ヘルト村を地獄に落とそうとしている」
「心外極まりないけれど、いつ誤解は解けたの?」
「ケイウィが死んだって話を聞いてからかな」
ーーついさっきの話じゃねーか
というか、スカーが僕を疑っていたこと自体、驚きだった。まあでも、仕方がないことだった。カウエシロイ、つまりエリク・オーケアと僕がずっと手を組んでいたのは間違いないからだ。
お互いがお互いを利用してきたつもりだった。何手か上をいかれ一方的に搾取されたこともあったが、それでも僕たちは対等のつもりだった。はたから見たら、カウエシロイ教室出張版でのやり取りも、僕たちがグルで行ったことだと思われているだろう。
だが、それもケイウィが殺されていなかったらの話だ。
青木ユイによる雪山山荘密室殺人。その転生体であるケイウィ・クルカは推定有罪だった。だから、地下二階に監禁し、後から証拠を見つければいい。そういう狙いだった。
加えて、ヘルト村連続殺人事件は、終幕を迎えたと皆が思っていた。だから、ケイウィは牢獄の中で生かしておいたほうが都合がいい。村のロックダウンが解除され、人がみな自由に動けるようになれば、殺人はしやすくなる。油断している残りの異人を全員殺せばいい。
それなのに、ケイウィ・クルカは死んだ。
「デルタから情報を聞いた後、リエットに確認してもらおうとしたんだけどね。警備隊ヘルト村支部はすでに封鎖されていたよ。ロイ村長が直々にケイウィの死亡を発表し、村は再びロックダウン状態になった」
「随分とケイウィが死んだかどうかにこだわるのね」
「彼女が死ぬ理由が見当たらなかったからね。まあ、そのおかげで最後の異人に辿り着くことができた。デルタから聞いたけれど、青木ユイと入れ替わって雪山山荘に来ていたなんて。気がつかなかったぜ」
スカーはやれやれと肩をすくめる。アンダーソンとのゲームで得た情報は、あらかた伝わっているらしい。
「スカーはさ。立花ナオキの時、死ぬ直前に犯人の顔を見たって言ってたわよね」
「ん? ああ、そうだね」
最初に会ったときに、スカーに言われたことだ。殺人事件解決のために、協力しないか。協力してくれるならば、犯人の名前を公開する、そういう取引だった。
答えをいきなり告げられるのを嫌った僕は、その取引を断った。
「殺人鬼は対話を行うために、わざわざ刺殺を選んでいる、それが平井ショウケイの考察だけれど。つまり、スカーは一度、殺人鬼に殺される瞬間に対話をしているということよね?」
「そうともいえるね」
「殺人鬼は、どんな顔をしていたの?」
「ほう」と興味深そうに僕を見つめる。その後、頭を横に傾け、小難しそうに唸る。どう言葉にしたらいいか悩んでいる様子の彼に、僕は立て続けに問いかけた。
「鬼塚サツキは、なんで雪山で殺人を行ったと思う?」
「サツキ? 誰だい、それは」
「あら、知らなかったの? 雪山山荘密室殺人の真犯人の名前よ。カウエシロイがぽろっと会話中に溢したの」
「へぇ。それは新情報だ」
「それで、スカー。鬼塚サツキはなぜ雪山で殺人を行ったか」
重ねて、同じ質問を繰り返す。もはや、最初にした殺人鬼がどんな顔をしていたかという問いは、どうでも良かった。
スカーの口からこの答えを聞かない限り、カウエシロイのもとへ行けない。隣のルミは怪訝そうな表情を僕に向けていたが、口を挟むことはなかった。
「鬼塚ゴウの模倣だろう? それしか考えられない。赤い柄の包丁を使ったのも、因縁の山荘を選んだのも、七連続女性刺殺事件の被害者遺児を対象にしたのも、すべて模倣をするために行っていた。そうだろう?」
「それが、違うんだよ。それなら、雪山山荘に人を集めるなんてことはしなかった。一日目の、鬼塚ゴウについて知っている情報をお互いに話す時間すらいらなかった」
「ふむ。そうか? ルミさんはどう考えているんだい?」
と、スカーが話を振ったが、ルミは首を横に振る。「モニとお前が話す時間だろ」と言ったのち、一歩後ろに下がった。その様子に、再度スカーは首を傾げた。
「まあ、なんでもいいか。今からカウエシロイに会って、実際に聞けばいいんだ。モニ、早く行こうじゃないか」
「鬼塚サツキは」
僕らに背を向け、一歩踏み出そうとするスカーの手を取る。
「鬼塚サツキは、対話をしたがっていた。これは間違いない。ずっと一貫している。だから、平井ショウケイのように他人を毒殺するような、対話を拒むようなことはしない。ちゃんと目と目を合わせて殺人を行っていた。そこだけは、鬼塚サツキが絶対に外さなかった拘りだった」
「だから、カウエシロイは俺たちを招待しようとしているってことかな? 雪山山荘に訪れた時のように、今からロスト山に向かう俺たちは、殺されるだけだとでも言いたいのかい」
「違うよ。これが、『鬼塚サツキはなぜ雪山で殺人を行ったか』に対する僕の答えだって話。彼女は対話をするために、雪山山荘で被害者遺児たちを殺したんだ」
「対話、対話って。誰と対話しようとしていたんだよ」
「鬼塚サツキは、被害者遺児を殺すことによって鬼塚ゴウとの対話を試みていた。これが、雪山山荘密室殺人の動機なのよ」
と、僕は鬼塚サツキはでもないのに、彼女の心境を語った。宛ら、代弁教師のように。




