140.追加演習5
【魔暦593年07月04日18時30分】
『く、くく』
カウエシロイの正体はエリク・オーケアである。そう告げた僕に返ってきたのは、正誤の答えではなかった。アンダーソンは、少し目を見開いたけれど、それだけだった。
『くくく、かははははは』
だから、この声はアンダーソンのものではない。勿論、僕やルミ、デルタのものではない。僕たちは、ここまで下品に笑ったりしない。
人を見下し、安全圏から傍観し、道具のように操る。ヘルト村殺人事件に最初から関与していたにもかかわらず、登場人物一覧表に載っていなかった人物。否、載っていたにもかかわらず、自分から削除した。そういう狂人の声が、教室中に鳴り響いた。
『おい。聞いたか、アンダーソン。俺の勝ちだなこれは』
「ほほほ、わたしは少し見くびっていたのかもしれませんなぁ」
『かははは。あのロイ・アオストの娘だぞ、こいつは。カウエシロイが誰かなんて、すぐにわかっちまう。雪山山荘の時も、唯一鬼塚サツキに殺されなかった逸材だ。足手纏いがいなければ事件すら解決したかもしれない』
ごと、という重量感のある音ともに、教壇に黒い物体が置かれる。それが伝達魔法が刻まれた魔道具であることは、いうまでもない。
カウエシロイ教室創設者にして、ヘルト村殺人事件を裏で操る男、エリク・オーケア。彼は人を小馬鹿にしたような笑いを浴びせてくる。
ーー鬼塚、サツキ?
ケイウィが発した謎の言葉、『サッちゃん?』と繋がりが見えてくる。なるほど、そういうことか。
サツキ、サツキねぇ。
「デルタ先輩。ラーシー宅跡地に集合って、スカーに連絡してください」
「わかったけど…、何をする気?」
「戦争ですよ」
勢いよく教室の扉が閉められ、足音が遠ざかっていく。デルタ含む正義の四人組は、これで動き出すだろう。ようやく、カウエシロイの尻尾を掴めたのだ。
それだけではない。八人目の異人として、見方が変わってくる。ケイウィの死と、青木ユイの入れ替わりによって、盤面は全て更地になった。
僕はデルタが完全に立ち去ったのを見届けて、教壇に顔を向ける。
通話越しであるから、真顔になる必要はない。それでも、僕は動揺を隠し、冷静であることを強調した。
「昨夜ぶりですね。副院長」
『おいおい、釣れねーな。いつものように院長って呼び間違えてくれよ。かははは。まあ良いや。それで、どうして俺だってわかったか、理由を聞かせろよ』
今頃、七色の光帯をぐるぐると回転させているだろう。あのサングラスの奥に隠れた瞳も、歪んでいるに違いない。
全くもって不愉快だ。
「一番の理由は、ラーシー宅に死体を移動させたことですね。カウエシロイが死体を見るために、わざわざヘルト村最北端に移動させたのは、そこが一番ロスト山から近かったからでしょ」
『ほう。それはそうだが。一度事件が起きた場所だから、安全だと考えたという可能性もあるだろう』
「雪山山荘で、一日目の村田アイカと、最終日の立花ナオキ達の死体は同じリビングで見つかっています。殺害現場が一度きりなんて常識はないんです。それを、貴方が考えないとも思えない。だから、物理的距離の問題を優先した」
やはり、ラーシー宅に死体が置いてあるのは、カウエシロイが誰にも姿を見せることなく確認するためだからだ。僕と同じように、死体から表情を読み取ろうとしたのか、それとも異人の死体が必要だったのか。
流石にそこまではわからない。だが、ヘルト村に住んでいる人がカウエシロイだったら、ラーシー宅に移すなんて回りくどいことをしないだろう。
ロスト山の引きこもりにのみ、その行動に意味を持つ。
『ふん。それで?』
「後は、異人との関係性です」
モニ・アオストとオル・スタウは幼馴染。
その二人と、ラーシーは友達。
クナシス・ドミトロワとスカー・バレントは知り合い。
スカーの親友の義理の姉がイアム・タラーク。
「後は、僕がカウエシロイ教室に入学したので、スカーと同塾、という繋がりですね。でも、こう繋げていくとどうしてもケイウィ・クルカだけが浮いてしまいます。誰が異人か数珠つながりで知り得たとしても、ケイウィだけは辿り着けない」




