133.最後の異人3
【魔暦593年07月04日18時05分】
一年後。カウエシロイ教室がヘルト村で開催された。初回ということもあり、代弁教師アンダーソンが直々に教鞭をとった。その助手であるクナシス・ドミトロワも当然、ヘルト村に帰ってきていた。
再会を喜ぶこともなく、スカーは詰め寄ったらしい。
「何を考えているんですか。こんな田舎の村で、異世界の思想を広めるなんて、文化侵略ですよ。どういう影響になるか想像がつかない」
その言葉を聞いて、クナシスは項垂れた。「その通りだ。返す言葉もない」と、懺悔を始めた。
そもそも、クナシスがカウエシロイ教室に入学したのは、この世界の文化を守るためだったらしい。思想を広める危ない教室から、魔法という奇跡を扱う住人を助けたかった。
だから、止めるために内側に潜り込んだ。信頼を掴み取り、とうとう代弁教師の助手という役職までたどり着いた。カウエシロイ教室のナンバーファイブまで上り詰めた。
しかし、それでも創設者のカウエシロイとは面会できなかった。どころか、代弁教師の三人ですら、カウエシロイは見たことがない。
「今となっては、監視という名目の傍観しかできていない」
そういうクナシスの悔しそうな表情に、スカーは心を打たれた。自分も協力すると、断言した。
そこからは、僕の知っている様な内容だった。
秘密裏に動いていたスカーとは無関係なところで、シエラとリエットがカウエシロイ教室に興味を持ってしまった。
関わらせたくないと思う反面、生徒として内側から探りを入れるのも悪くないとも考えた。親友のデルタ・サランも巻き込み、正義の四人組としてカウエシロイ教室に潜入した…。
「だけど、この一年は何の成果も得られなかった。代弁教師が稀に、『カウエシロイ先生からお言葉です』と代弁することはあっても、当たり障りのない話だけだった」
カウエシロイは徹底して情報統制を行っていた。尻尾すら掴ませない、まるで存在自体が嘘かの様だった。実際、スカーも代弁教師の誰かが異人で、カウエシロイを兼任していると思っていたらしい。
この一年の間は、何も成果はなかった。
逆にいえば、ここ四日間は劇的なほど動きがあった。
代弁教師アンダーソンの帰省。
助手クナシス・ドミトロワの殺害。
二人目の代弁教師ケイウィ・クルカの登場。
警備隊員の管理下にある死体を移動させる謎の権力。
そして、カウエシロイ教室の集会での出来事だ。
アンダーソンによるカウエシロイの代弁は二度にわたって行われた。
そもそもの主催者ですら、カウエシロイだった。事件を解決する様に、僕に名探偵という役職を与えた。
この事件の支配者、カウエシロイ。彼は、全ての出来事を見てきたかのように把握していた。
ーーなるほどね
「スカー、ありがとう」
「気にすることはないさ」
一通り話を聞いた僕は、スカーとリエットにお礼を告げて、その場を去った。
今回はルミが障壁魔法を展開してくれているので、雨粒が当たるようなことはない。日本にいた時に耳にすることのない、障壁と雨粒の衝突音は僕の思考の邪魔をする。
さて、ここで問題だ。
カウエシロイの正体は、誰でしょう。
「あのさ、モニ」
「うにゃ?」
「カウエシロイっていう意味わからんやつよ正体を暴きたいんだよな。それなら、代弁教師をぶっ飛ばせば分かることなんじゃないのか」
「脳筋め。暴力で訴えても、教えてくれるわけないでしょう」
「これはロイ村長とも話したことがあるんだけどな。アンダーソンとモニは、結構似ているところがあるんだぜ?」
あの太ったおじさんと、絶世の美少女であるところの僕が一緒? それは、最大限の侮辱と捉えて良いのか?
まさか、ルミから暴言を言われるとは思わなかった。誰に似たんだよ、全く。
「ちげーよ。外見じゃなくて、中身だ。二人とも身体能力は捨てて、口に力を入れている人種だろ? 暴力じゃなくて、言葉の世界の住人達。あたしは、その世界ならモニが最強だと思っているぜ」
「だけど、そのアンダーソンはすぐ姿をくらませるからなぁ」
「ふん」と、ルミは笑った。語るまでもないと肩をすくめる。その直後、気圧の変化、風が吹き込み、障壁の下まで雨粒が回り込んでくる。
空間は歪む。彼女の手のひらには、いつのまにか複数の小さな黒い物体があった。
これは…、種子?
「あたしを舐めてもらっちゃ困るぜ。超天才魔法使いルミ・スタウ様だぞ。どこにいるかわからない人間なんて、隣にいるようなものだ」
その種子を、地面に落とす。僕はその光景を見たことがあった。
それぞれが音を奏でながら、水に濡れた地に衝突し、光り輝く。種子達は一人でに育ち始め、花の空間が形成される。
天才魔法使いセリュナーの固有魔法、サイコメトリー。魔力の残穢を元に、過去を再現する一級魔法。
見ることですら、隊長クラスの許可状が必要なほど価値の高いそれを、ルミは当然のように扱った。
文字通り、見て覚えた。




