131.最後の異人1
【魔暦593年07月04日18時00分】
「こりゃあ、しばらく止みそうにないなぁ」
金髪の美青年は言葉を漏らす。大広場のレストランの角の机。二人の男女は、膝を机に突き立てながら、ぼうと大広場を見つめる。
普段ならば露店が展開され、人混みに溢れかえってた大広場は、見る影もない。明日からは元の姿に戻るとは思えない。
雨で流され、全ては元通りというわけにはいかないのだ。
「そうですね。スカー、魔法で帰りますか?」
と、唸るような翠色のロングヘアをした女が返す。敬語を使っているが、そこに敬意は全く感じられない。形式的に、語尾を整えているようだった。
その様子に金髪の男、スカー・バレントはクスリと笑う。人のいない繁華街が、豪雨に打たれているのを、ぼうと見ているのを悪くないと思っていたからだ。
そこに、魔法など無粋な言葉をかけないでほしいとさえ思ったが、口にはしなかった。
リエット・ジェラートには、魔力が生まれた時から体に染み込んでいる。魔法の使えないスカーの気持ちは、十七年経っても理解できない。それに苛立つほど、スカーの心は狭くなかった。
「たまにはこうして、リエットと二人で雨宿りするのも悪くないだろう」
「スカー」
「デルタとシエラにも随分と働いてもらったしね。しばらくは休暇となるかなぁ。リエットは何がしたい?」
「そうですね、私は…」
「ええと、いちやいちゃしてるところ、悪いね」
何でもない会話をする二人の間に、突如として声が挟まれる。と言っても、その様子に二人は驚くことはなかった。
ずっと、視界に入っていたからだ。
地面を抉るかのように叩きつけられる雨を気にすることなく、大広場を歩く少女達。スカーとリエットの元に向かってきているのは、明白だった。
黒髪を腰まで伸ばし、黒いローブを全身に纏った美少女。その背中に隠れる様に、燃える様な赤髪の少女がいた。
両者とも、雨を凌ぐことすらしない。全身ずぶ濡れで、幽霊の様に髪の毛が前に垂れている。
「おや、モニ。奇遇だね」
とってつけた様に手を挙げる金髪の男。隣のリエットは軽く頭を下げるだけだった。
黒髪の美少女、モニ・アオストは腰を手に当て、胸を張る。そして、はっきりと言葉を告げる。
豪雨の音を縫う様に、二人の耳に届いた。
「カウエシロイについて聞きたいことがあるんだけど」
***
【魔暦593年07月04日18時05分】
身長百八十センチを超え、モデルの様にスラリとした金髪の青年、スカー。三日前の七月一日に誕生日を迎え、十七歳になった。
彼の人生は、壮絶な過去による悲劇の物語だった…、というわけではない。
ケイウィ・クルカの様に、途中で年齢が止まったりしていない。
イアム・タラークの様に、パラス王国に両親が行き、一人村に残ったわけでもない。
警備隊員ラーシーの様に、両親に捨てられ、生まれながら苗字がないということもない。
クナシス・ドミトロワの様に、幼い頃からパラス王国で勉強を学び、代弁教師助手という役職で戻ってきたわけでもない。
オル・スタウの様に、魔法学院の名門に生まれながら、魔法が使えないということもない。
モニ・アオストの様に、時期村長候補という、生まれながらにして将来が約束されているわけでもない。
語るまでもない、極々平凡な、どこにでもある普通の家族だった。
商人の両親の間に生まれ、何不自由ない生活を送った。(流石にアオスト家ほど裕福ではないが、そもそもアオスト邸が過剰に贅沢をしているだけである)
幼い頃に、可愛らしい少女リエット・ジェラートに出会う。幼馴染として数年を過ごし、そこに二人の親友が加わる。
こうして、スカー・バレント、リエット・ジェラート、シエラ・タラーク、デルタ・サランは、正義の四人組として村の平和に貢献していくのであった。
狭い村ということもあり、情報網を広く展開した。困っている人がいれば助け、改善点があれば論理的に説明する。学校成績も優秀で、誰からも期待され、憧れられる存在。
彼のことが嫌いな人がいたとしても、スカーは見捨てない。誰が嫌いで誰が好きか、そんなくだらないことは金髪の美青年にとってはどうでも良かった。
余談だが、モニ・アオストとルミ・スタウの暴走ガールズの悪名が台頭してきた時期は、スカーが活動を始めた時期とかぶっている。
側から見たら、スカー・バレントの正義と釣り合わせる様に、悪事を働く二人の少女が現れたと見られても仕方がない。
世界の均衡といえば壮大すぎるが、田舎村のパワーバランスというべきだろう。
正義の四人組と、暴走ガールズが衝突しなかったのは奇跡とも言える。否、殺人事件が起きなければ、遅からず実現していた話だろう。少なくとも、正義の四人組は、暴走ガールズのことを警戒していた。
とはいえ、その程度の話だ。ヘルト村一番の悪が暴走ガールズである時点で、平和そのものだ。僕たちも、何も人殺しをしていたわけではない。(ルミはよく人を殴っていたので、ちゃんとした悪人であることは、いまは置いておいて欲しい)
だから、その日もなんでもない一日になるはずだった。二年前のある日。転移所に積まれた荷物を、善意だけで大広場に運ぶスカーの元に、一人の男が現れた。
「君が、スカー・バレント君かな」
「そうですが。すみません、どこかでお会いしましたっけ…」とスカーは丁寧に返したが、すぐに首を傾げる。「かな」と疑問系で聞かれてる時点で、相手側も確信に至っていないのだから。初対面があることは間違いない。
それに、おかしな話だった。この村で、自分が見たことがない村民がいるわけがない。
だから、この男はパラス王国から来た商人とかなのだろうけれど、それならばなぜ自分のことを知っているのか……。
「安心してくれ。この村には仕事で来たが、スカー君と話したいと思う気持ちは個人的な物だよ。プライベート、オフってやつさ」
「!」
思わず、顔を引き攣る。何せ、十五年ぶりに聞いた言葉だったからだ。
奪うという意味のプライヴィト。その派生系であるプライベートという単語はこの世界には存在しない。
スカーの知らないところであったとしても、それを個人的な、という意味に変化する歴史が、この世界であるだろうか。
「驚かせてしまったかな。でも、本当に警戒しなくていいよ。俺は、人助けをする正義そのものみたいな奴が好きでね。一目見てみたかったんだよ」
「誰ですか、貴方は」
「カウエシロイ教室代弁教師助手、クナシス・ドミトロワ。スカー君と同じ、日本から転生した異人だ」




