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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
終章.エピローグ
129/155

128.自問自答1

【魔暦593年07月04日--時--分】

「おはよう、名前のない誰か」


 朝日が昇っていた。カーテンの隙間から差し込む光は、僕の瞼を照らす。

 単調な男の声だった。ベッドから布団をずらし、上半身だけ起き上がる。「うーん」と両手を伸ばすと、自然とあくびが溢れてしまった。随分と熟睡してしまっていたらしい。


 瞼は重いし、視界はぼやけている。スマートフォンは…、17時20分と表示されている。夕方にしては、太陽が見えるはずの無い角度にあるな。携帯が壊れているのは確からしい。

 僕は首を曲げ、おはようと言った声の主のほうに見る。丸眼鏡をかけ、今風のマッシュで、影の薄そうな男だった。僕が二十年間顔を突き合わせてきた男は、つまらなそうに僕を見下ろしていた。


 僕は自分自身の体をぺたぺたと触る。凹凸のある体、美しく長い黒髪、もちもちの肌…、うん。モニ・アオストで間違いない。


 ああ、そうか。これは夢だ。



「おはよう、佐藤ミノル」



 僕は、凛とした可愛らしい声でそう言った

 彼は、低い男らしい声で呆れたよう返した。


「お前さ、状況わかってんの? 今誰か来たら、確実にケイウィ殺しの犯人扱いされるぜ? よくまあ、血の海の中でぐっすり眠れるよな」

「わからないのかな。僕の心境が」

「わからないよ。こんな頭のおかしい奴が僕の来世だなんて信じらんないぜ」

「僕だって信じらんないよ」


 「でも、これが現実だ」と、僕は夢の中で言った。

 明晰夢という奴だ。佐藤ミノルと僕が同じ空間にいることなどあり得ないので、すぐに夢だと自覚できた。

 にしても、これはどういう心理的な状況なんだろう。僕があまりにも自分を見失いすぎているから、まともな人格である佐藤ミノルが出てきたということか?



「ちげーよ。そもそも、自分を見失うほど人格が完成されてねーだろ、お前は。不完全な赤ちゃんみたいなままで十六年間過ごしていたんだ。おままごとの延長線みたいな人生だぜ」



 佐藤ミノルは眼鏡をくいと上げる。随分と様になっていた。彼は意味ありげに言葉を告げる。



「その原因も明らかだけどな」

「何なの。わからないわよ」

「わからないわけないだろう。お前だって、僕の一部なんだぜ。俯瞰して見てやってるから、僕はお前よりもお前を理解しているかもしれないけれど。まあ、なんだ。勘違いとはいえ、マキに殺されたと思ったまま、十六年間生きていたのが良くなかったな」



 良くなかったな、と僕の人生を簡単に否定してくれる。この男は、僕の何を知っている…、と思うことはできない。

 これが夢である以上、僕は自問自答しているだけだ。だから、僕のことは誰よりも佐藤ミノルがわかっているはずだ。

 なのに、僕は彼が何を言っているかわからなかった。



「何が言いたいんだよ、佐藤ミノル。僕は、家出をしてから殺人事件が起きるまでの十三年間、前世の記憶に蓋をして生きてきたんだ。思い出したことは一度もない」

「一度もない、一度もないねぇ。はっ、こんなこと、自分自身に言わせるなよ。そりゃあ、全くもって嘘ってもんだぜ」



 佐藤ミノルはクルクルと椅子を回転させる。中学の時から使っている勉強机と、キャスター付きの椅子。不気味なことに、回転は止まることはなかった。



「モニ・アオストは女性的に可愛く、美しくありたいという、全く新しい感情から生まれた人格。せっかく女に生まれ変わったのだから、今世を全力で楽しもうってか。いやいやいやいやいや、そんなこと、ただの男であった佐藤ミノルが、転生した程度でできるわけないよなぁ」

「実際、できてたじゃん」

「何惚けちゃってんの? それとも、記憶喪失か何かか? まあ、なんでも良いけどさ。女性的になるためには、モデルとした人物がいるだろうさ」


 僕のモデル。人格の基盤。


 それは、度々僕が自分に言い聞かせている言葉だった。自分を見失った時に、奮い立たせる人物だった。


 かぐや姫。

 罪を着せられて地球に追放された彼女と、殺人によって異世界に転生させられた自分を重ねていた。

 かぐや姫のように、自由で、気高く、美しい女性になりたいと、自分磨きを行っていた。


 「それだよ、それ」と、椅子の回転をぴたりと止めて佐藤ミノルは続ける。



「かぐや姫ってさ。マキの中学一年生の時のあだ名じゃん」

「…」

「何だ、忘れていたわけじゃなかったのか」



 中学一年。つまり、七連続女性刺殺事件が起きた年。

 入江マキを養子に迎えた僕たちは、彼女を転校させた。佐藤ミノルと同じ教室に入れ、彼女のお世話係をさせた。

 母親が目の前で殺されたショックで、対人恐怖症になった彼女に、話しかける人間は僕を除いて誰もいない。失言症も患っていたので、彼女の声を聞いたことがある生徒も少ない。

 髪の毛を切ることなく、腰ほどまで伸ばしていた。いつも涙を溜め、この世界を恨むようにしていた。

 淡い、儚い存在。まるで、別世界からやってきたお姫様のようだと、クラスメイトに囁かれていた。自分たちと身分が違う存在。


 ある時、国語の授業で竹取物語を題材にした時があった。それを気に、入江マキは『かぐや姫』と呼称されるようになる。


 そのあだ名は、中学三年生になる頃には消えていたが。その時は、月と反対の太陽のように明るい学級委員長になっていたので、当然だった。彼女の人生は、夜明けを迎えた。



「はっ、かぐや姫のようになりたい。ははは、それはつまり、入江マキのようになりたいってことだよな」

「そんなことあるわけないだろう、意味がない」

「意味はあるよ。お前は、記憶に蓋をしたとか言っていたけれどな。そんなことであるわけないだろう。最愛の妹に殺されたんだ。十六年程度で、消えるような傷じゃないんだよ。ずっと、心の底で『なぜ、自分はマキに殺されたのか』と考え続けていた」



 考えて、考えて。

 どれだけ考えても、答えは出ない。自分は死んだ上に、別世界に来てしまった。二度と証明する方法はない。

 それでも、納得できない。理解できない。



 未知という呪いは、体を蝕むように締め付ける。表面状は忘れている程をとっていても、心までは騙せない。


 呪いは、解き明かさなからばならない。


 だから、成ろうとした。


 僕は、入江マキに成ろうとしたんだ。


 彼女の気持ちを理解するために、僕を殺す動機を知るために。彼女そのものになることで、解き明かそうとした。



「シスコンも極まれりだぜ。暗黒期を経て明るくなったマキの再現もなかなかないものだ。誰が見ても、お前が佐藤ミノルの転生体だとは思わない。お前は間違いなく、入江マキになっていた」


 なってしまっていた。


 それが、良くなかったのだろう。モニ・アオストの十六年間は、入江マキの模倣でしかなかった。モニのアイデンティティは、マキがあってのものだった。



「だから、本物の入江マキが現れたことによって、モニ・アオストは消滅したんだよ。加えて、入江マキは僕を殺してなんていなかった。全部、佐藤ミノルの勘違いだった。こりゃあ、傑作なんてもんじゃねーな。十六年間の人生、まるっきり無意味だっんだからさ」



 そして、何でもない僕が残った。昨日までは、殺人事件があったから、何とか形を保っていた。けれど、事件解決とともにそれも霧散した。




「オルに首を絞められた時に死んでおくべきだったんだよ。名前のない誰かさん」


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