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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
五章.会議は踊らず、されど呪いは続く
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127.殺人事件の続きは異世界で5

【魔暦593年07月04日17時02分】


 残酷なことに、佐藤ミノル時代の習慣は未だに抜けていない。何をしていても、自分を第三者目線で見下ろしてみてしまう。だから、今現在の僕の行動が、周りから見たら気が狂ったと思われることくらい分かっている。

 僕は濡れたローブのまま、こそこそと警備隊ヘルト村支部に突入した。幸い、ここに侵入するのは二度目だった。常駐している警備隊員が言っていた通り、地下二階には強力な保護魔法がかかっていて、どんな魔法を使っても侵入できない。

 僕たちが最初に侵入しようとしたときに、アンダーソンが見張り番をしていた。今考えると、あれは異人用の対策だったのだ。僕も、囮のオルと魔法使いのルミがいなければ、あの場は切り抜けられなかった。


 今回は、見張りの番は誰もいなかった。僕がまさか一時間でとんぼ返りするとはだれも思うまい。あの警備隊員がやっていたように、魔道具を扉に当て、ゆっくりと扉を押す。


 ケイウィ・クルカと話がしたい。その一心で、僕はここに来た。


 今思うと、たくさん伏線が張られていたというわけだ。ケイウィが抱えていた矛盾、心の葛藤。

 彼女は、自分が青木ユイではないと言っていた。勿論、前世ではその名だったことは認めているが、転生後はケイウィとして生きてきたと。人格を作り、普通じゃない人生に身を置いてきたと。僕に対して、いつまで過去を見ているんだ、とさえ言った。


 そんな彼女が、だ。呪いを莫迦にした彼女が、呪われた行動をとっていたのだ。殺人事件の続きを呪いの続きを始めたのは間違いなく彼女だ。


 矛盾。やはり、人格形成が完璧ではなかった、ということだ。零から人格を作るなんてことはできなく、前世の考えが今も引きずられている、そういうことだ。


 まるで、今の僕じゃないか。モニ・アオストを見失った僕と同じく、ケイウィ・クルカもまた、自分を見失った。


 話がしたい。


 君は誰だ、と僕に問うた彼女に、聞き返してやりたい。「お前こそ誰だよ」、と。今度こそ、聞かせてもらおうじゃないか。ケイウィ・クルカが殺人を犯した、自分を見失った原因を。


 ぴちゃ。


 地下二階はよく音が響く。僕は水たまりに足を突っ込みながらも、前に進む。流石に、外の豪雨の音はここまでは聞こえてこない。だけど、僕自身がずぶ濡れなので、石畳の地面はまるで雨漏りをしたかのようにびしょ濡れだった。


 びちゃ、びちゃ。


 再三になるが、僕は常に自分のことを俯瞰してみている。自分がどういう状況にいて、どういう行動をとっているか、上から覗いている。


 だから、目の前の光景をあえて見て見ぬふりをして歩いているのに、僕は気がついている。理解しているのに、知らないふりをしている。現実を見ない方が都合がいい。

 そうしている間に、一歩、また一歩と歩みを進める。


 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。


 今度は走る。ケイウィが収監されている牢獄まで、残り五メートルもないというのに、僕は走り始めた。


「は」



 声が響く。女性の、乾いた声だった。僕はモニ・アオストではないのに、声はモニだった。



「ははっ、ははははっ、あははははははは」



 殺人事件が起きて以降、まともに笑ったことがあっただろうか。いや、それを言うなら、今年…、今世レベルで、腹を抱えて笑ったことはあっただろうか。

 僕は膝をついて、目の前の光景を見て笑う。両手で全身を掴み、腹から声を出す。

 そのまま、寝転がって天井を見る。ぼんやりと光り輝くその照明も、僕につられて笑うかのように、点滅する。


 ケイウィは、黙っていた。僕がこんな奇行をしているのに、彼女は何も言わない。口を開く前に、いつものように「んー」と貯めるようなこともしない。


 当然だった。

 ケイウィ・クルカには、僕を見て感想を述べることができなかったのだから。


 彼女を拘束する、光の魔道具も今は色を失っている。衝撃が加わると、実体化するという話は本当だった。黒い一本の槍となって、地面に突き刺さっている。だが、致命傷を免れるように、彼女の肩を貫いていた。

 関節を拘束していた蛇のような魔獣は、幼女の細い肉に齧り付いたまま動かなくなっていた。


 あの渦巻くような蒼眼も、

 おしゃべりな口も、

 あどけない幼い童顔も、

 おかっぱの深海色の髪も、


 そこにはなかった。


 それには、頭がなかった。


 それが、ケイウィ・クルカである証明は皮肉なことにもうできない。僕は、彼女がだれか問い詰めるつもりで来たのに、答えは出ていた。


 ケイウィ・クルカは、死んでいた。

 あらゆる肉体に損傷をおい、それでも四肢につながれた拘束具はそのまま、無気力に重力に従うように項垂れる。唯一、外れた拘束具は、天井につながっていた首輪だった。当然である。拘束するべき対象の首が、肩のあたりからごっそりと消えているのである。


 首無し死体。だが、死因は首が斬られたからじゃないことは、確かだった。



 その死体の胸部には、赤い柄の包丁が刺さっていた。



「あははははは」


 

 殺人事件は続く。

 呪いはまだ、終わっていない。


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