123.尋問を始めたい3
【魔暦593年07月04日16時10分】
あれだけ、オルの部屋で弱音を吐いていた僕だったが、それでも後片付けに余念はない。というよりも、ここからが本番とまで言えるかもしれない。
七連続女性刺殺事件の後、僕は全く深追いをしなかった。鬼塚ゴウの動機も目的も、彼が死んだことによって興味を失った。考えないようにした。父親に全てを任せた。
その油断が、雪山山荘密室殺人を引き起こしたと言っても良い。もう、同じ轍は踏まない。
それに、オルのセクハラ行為で思い出したこともあった。
僕は、ケイウィ・クルカーーつまり青木ユイが鬼塚ゴウの娘だと考えていた。そうだとしたら、鬼塚ゴウは青木ユイの母親ーー自分の妻を殺したことになる。
雪山山荘密室殺人だけでなく、霧がかった七連続女性刺殺事件すら、晴らすことができる。
呪いを大元から立つ。
「んー、いやさ。私は前々から『出来すぎてるな』って思っていたんだよ。まるで神様が意図的に弄っているかのように、誰かの意思を感じていた。それがまあ、『呪いが続いていた』、と言われたら手を叩いて納得しちゃうね」
「まるで自分の意思がないかのような言い方ですね。少なくとも、殺しに関しては自発的じゃ」
「だーかーらー、殺しとかそういう話をしているんじゃないんだよ。もっと大きな、世界のルールとでも良いのかなぁ。そういう、ビックでダイナミックな話をしているのさ。ミノルンも思わなかったかい?」
「何を、ですか」
「都合が良すぎる」
偶然の重なりでは済まない、そういうご都合的な展開が起きている。
例えば、転生。輪廻転生という言葉がある以上、そういうシステムがある、というのは百歩譲って良い。だが、それだけで終わっていない。
雪山山荘密室事件。そこで死んだ人間、その全てがこの村に転生している。終いには、その雪山山荘そのものが転移してきている。
これは偶然、世界のルールというだけじゃ済まない。運命的な、いや、これぞまさに呪いだ。
「んー、ミノルンには、私が何歳で成長が止まったか、話たことあるっけ」
「十一歳、でしたっけ。外見年齢は、八歳から十歳くらいですね」
「止まったのに気がついたのは、その時。でも、実際に止まったのは九歳の誕生日だと、確信をもって言えるよ」
「どうして…」
と、僕は尋ねはしたけど、概ね予想がついていた。ついてしまっていた。
僕が気にしないようにしていた、些細な違和感。それを、根本から掘り起こされる気分だった。
「つまり、今から三十一年前の七月一日は、イアム・タラークが生まれた日だ。はっ、これは偶然かな」
「こじつけ、とも言えますが」
「んー、ちなみに、君の誕生日は、いつかな」
「魔暦五百七十七年七月一日…」
「後は…、ラスの息子…、ええと、オル、オルくん。彼も異人だよね。モーちゃんが佐藤ミノルなら、彼は入江マキということかな? 私は逆だとばかり思っていたけど、それはまあ良い。彼もまた、七月一日生まれなんだろう」
僕が三歳の誕生日の日に家出をしたという話は何度もしたことがあるだろう。僕とルミが、初めて会った記念日ではあるが、あれはオルの出産に立ち会うわけもいかなく、外に出ていた時のことだ。
僕とオルの誕生日が一緒など、誰しもが知っている話だ。毎年合同誕生日パーティを開いているから、彼女が知っていてもおかしくはない。
だが、そういうことを言いたいんじゃない。
「私がヘルト村に帰ってきたのは、モーちゃんの出産祝いだったね。その三年後に、ラスが村に戻ってきたから入れ違いでパラス王国に戻った。ヘルト村に滞在していた時は、ロスト山の探索をしていた…、という話もしたことはあるけれど。その時に、山頂の白骨死体は無かったね。つまり、オルくんの出産に合わせて、山荘と白骨死体が転移してきたとすると、時系列は一致しないかな?」
「いや、それは」
「出来すぎてるよねぇ」
こじつけだ。拡大解釈とも言える話だ。
地震が起きる前に、奇異な雲が空を覆うという話がある。地震雲に科学的根拠はないけれど、それでも根強く事実のように話が残るのは、実際に起きているからだ。
だが、十回地震が起きて、二回雲が覆っているだけかもしれない。この二回だけを抽出して見ているだけ。
だって、残りの八回では誰も騒がないのだから。何も起きていない時は、誰も話題にしない。
この話もそうだ、そういうことなんだ。
「んー、そんなにうまく行くもんかね。雪山山荘密室殺人の最初の被害者、村田アイカが異世界転生したタイミングで私の年齢が止まった。最後の被害者、入江マキが異世界転生したタイミングで、雪山山荘が転移してきた。ん、そうなると、入江マキは魂と肉体が同時にやってきたってことか? これは面白い」
「仮にそうだとして。なんだっていうんですか」
「呪いの話を始めたのはミノルンじゃん。まあ、聞いてよ聞いてよ。となると、警備隊員ラーシーの前世は二番の被害者である如月ランってことになるのかな? どうかな。あってるよね?」
「本人に確認したわけではないですが、僕の見立てとは同じです。知ってたんですか?」
「知らないよ。知るわけがない。会ったことないもん。でも、ほら。これも偶然で済むかな。年齢順だよ。全員同じ誕生日なら、そこに法則があるかもって思うのは当然でしょ。呪いなんて、あやふやな言葉で済ませて良いのかなぁ?」
漠然としていた『呪い』という言葉の解像度が上がっていく。都合が良すぎる、運命的だと僕が処理していた話を、こうして具体的な話をされると嫌でも気が付かされる。
「意図的に、誰かが仕組んだってことですか?神様でもいると?」
「神様なんているわけないじゃん。でも、ありゃ、これでまだ思い当たらないのか。ってことは、もしかして知らないのかな? ほら、鬼塚ゴウの最後の話」
「知ってますよ。最後、山から滑り落ちて死んだって」
「死んだって。そら、世間にはそう公表するしかないだろうよ」
「だけど、実際は…」と、ケイウィは続ける。
「鬼塚ゴウは、消えたんだ。髪の毛一本残さず、死体すら残らなかった。これもまた、偶然で済ませるかな?」




