122.尋問を始めたい2
【魔暦593年07月04日16時00分】
その景色は、絵画のように幻想的だった。八歳児の幼女が、あらゆる角度から拘束されている。その表情はなぜか恍惚としていた。
拘束具はケイウィの四肢をきつく締めつけ、そこから長い鎖が伸びて壁に固定されている。あらゆる関節に蛇のような魔獣が巻きつき、少しの動きも許さない。体の至る所に光の槍が突き刺さっている。
過剰とも言えるその拘束に、僕は言葉を失っていた。
「んー、これが気になるかな」
と、彼女は目線をゆっくりとずらす。僕は特段興味がなかったが、彼女が話したそうにしていたので、光の槍を指を刺した。
「魔王討伐戦線が開発した、対魔王専用の拘束具だね。光魔法で構成されたレーザービームは魔力無効化特性の魔王には効かないけれど、少しでも衝撃が加わると実体化する。魔法でもなんでもない、本当の槍にね」
「逃げようとした瞬間、八つ裂きの死体が生まれるってことですか」
「そーそー。これ、普通に心臓に向かってるから。地震が起きただけでも死んじゃうぜ。残酷さから廃版になったはずだけど、田舎の村には残ってね。こえー。あははは」
じゃらじゃらと鎖を揺らしながら、彼女は笑う。真体に巻き付く魔獣が威嚇するようにケイウィを睨みつけるが、彼女は笑い続ける。
外見年齢八歳の幼女に対して過剰すぎる拘束。だけれど、それでも僕は頼らないと思ってしまった。
ケイウィ・クルカは魔法を使わずに戦場に身を置き、四十歳になっても五体満足な勇者だ。そして、狡猾な策略で村を恐怖に落とし込めた魔王だ。むしろ、この程度の拘束では足りないくらいだ。
「んー、ふふふ。全く、児童虐待だと思わない? こんなに縛っちゃってさ。助けてー、おかーさーん。あははは」
「戯言は聞きたくないです。本題に入ります」
「モーちゃんは尋問とか苦手そう」
「いえ、得意ですよ。まともに会話が成り立つ人なら、ですけど。貴女のような、ね。正直、わざと頭のおかしいふりをしているようにしか見えない」
「んー?」
「僕はモーちゃんでもなければ、村長ロイの息子でもない。佐藤ミノルとしてここに来ている。青木ユイ、腹を割って話そうって言ってんだよ」
僕はひんやりとした地面で胡座をかく。そして、徐にローブを脱ぎ捨てた。涼しげな風が、脇をくすぐる。
「露出癖?」
「違うわ! 僕にとってモニは、『女であろう、この世界の住人でいよう』って思いの積み重ねなんです。荒技ですが、恥辱心を捨てた時が一番佐藤ミノルになれる」
「ふーん。まあ、目の保養になるからなんでも良いけど。でも、わたしはそんな風にはなれないな。期待に応えられなくて申し訳ないと思うよ」
と、ケイウィは真顔で続ける。
「私はケイウィ・クルカだからね。この世界に生まれて四十年。一度たりとも、青木ユイだった瞬間はない。例え、雪山山荘とやらで青木ユイが人を殺したとしても、私には知ったことじゃない」
「そこは認めるんですね」
「最初から否定していないだろうさ。青木ユイがやったって、君が証明したんだぜ。だから、どうした」
「雪山山荘密室殺人とヘルト村殺人は」
「殺害手段が一緒、思考回路も似ている。だから、同一犯って言いたいんでしょ?」
「含みがありますね。まるで、自分はやっていないみたいな口ぶりだ」
「誰が死んで、誰が殺されたとか、そんな低次元な話をしに来たのかい、モーちゃん…、じゃないんだっけ。ええと、ミノルンでいいか」
僕の高校時代のあだ名をなぜ知っている…、いや、それは良い。それこそ低次元な思考だ。
彼女にとって、殺人はどうでも良いと一蹴できる話だということなのか。それは、考える最悪の動機だ。やりたいからやった、それに意味はないというような、シリアルキラー的な結果は何も生まない。
「んー、ミノルンが何を気にしているのか、何を知りたいのか、私にはさっぱりわからないんだよねぇ」
「そんなもの、決まっているじゃないですか。青木ユイがなぜあの事件を起こしたのか、ケイウィ・クルカがなぜこの事件を起こしたのか。一から十まで全部です」
「だから、それは過程でしょ? 私が聞いているのは、なんで知りたいのか、ってこと。終わった事件にそんな執着して、何がしたいのか私にはわからない」
「殺人の動機よりもわからない」と付け加える。先程までのふざけた様子はすっかり失われ、ただ真顔で、こちらを見つめる。やはり、狂ったふりをしていただけのようだった。
僕は「何がって!」と思わず声を荒げたが、一呼吸置いてため息をつく。大丈夫だ、落ち着け。何も、ケイウィと話すのはこれが最後じゃない。
彼女は逃げることはできない。だから、こちらは落ち着いて、できるだけの情報を引き出す。それが最善だろう。
「何がって、呪いを解くためです」
「呪い…、へぇ、ふうん。呪い、呪いねぇ。んー、ああ、いやあ、そういうこと。確かに、呪いなんて言葉は的を得ているなぁ。いや、出来すぎているとまで言える。むしろ、呪いという言葉が先行して生まれたともいえるね」
うんうん、と意味ありがに頷くケイウィ。実際には、首輪が鎖で天井に繋がっているので、彼女の首や頭は一ミリも動いていなかったけれど。それでも、『呪い』という単語が彼女を喜ばせたのは確かだった。
「ミノルン、まかせろ。私が君の呪いを解いてあげよう」
「てめぇがことの発端だろうが」と声を荒げなかった僕を、どうか褒めて欲しい。




