118.閉幕2
【魔暦593年07月04日15時10分】
オルの証言とは何か、忘れている人もいるかもしれない。あれから二日経過したとは思えないほど随分と前の記憶に感じる。
ここで改めて振り返ってみよう。僕が牢獄に監禁され、錯乱するオルを宥めていた時の話だ。
【魔歴593年07月02日19時00分】
「オル、僕たちはこうして会えたんだ。話したいことなんて山のようにあるけど、それはまた今度だ。今は少しでも真犯人の情報が欲しい。もう一度聞く。あの日、何があったの?」
僕の声に応じるかのように、彼女の体から震えが消えた。ぶれぶれだった目線も定まった。
否、止まったという表現の方が確かだろう。指の先から髪の毛の先まで、オル・スタウの全ての動きが止まった。
「お兄ちゃんが死んだ後」
「うん」
「赤い柄の包丁が一本、キッチンで見つかった。血も汚れも全く付いていない、新品の包丁が一本だけ。赤い柄の包丁は、山荘には六本しかなかったんだ」
「六本?どういうこと…」
僕の言葉に被せるように、オルは続けた。彼の瞳は僕を見ているようで、朧げだった。
「失敗した。殺人鬼は失敗したんだ。だから、この世界でも七連続女性刺殺事件の再演を行おうとしている。一人目として、イアムは殺された。これからも、残り六人の呪われた人々が殺される。でも、そしたら、お兄ちゃんはまた犯人を探すんだ。お兄ちゃんはいつだってそう。探して、捜して、探して最後には殺される。どうせ殺されるんだもの」
突如として彼の手が僕の首に回った。何が起きたのか理解できずにいると、彼の手の力が増していく。
「お兄ちゃんがこの牢獄から出ようっていうなら、もう死ぬしかないよね」
【『44.姉弟邂逅1』より引用】
***
【魔暦593年07月04日15時10分】
思い返しただけで、死にたくなる回想だ。僕がマキを犯人だと勘違いしていたのも恥ずかしいし、すぐに手のひらを返したのも酷い。
疑っていた割に、オルが取り乱した姿を見て、すぐに白旗を上げた。僕に信念とかはないのか。
まあ、ないよ。信念とかプライドは持ち合わせていないさ。
だから、オルに殺されそうになったのは当然だ。彼は僕の首に残る痣を気にしているようだったが、愚かな僕には一生の傷として残しておいた方がいい。
と、まあ二日前の黒歴史を振り返ったが、重要なのは『オルの証言』だ。僕が、カウエシロイの集会にて引用した、重要なセリフ。
「『山荘には、六本しか包丁がなかった。そして、新品の包丁が一本見つかった』、ね。これが、どれだけ重要な情報か、当事者であるオルには言うまでもないかな」
「あー、はいはい。それね。俺用、つまり入江マキを殺す用の包丁でしょう? だから、俺は殺人鬼がまだ雪山に残ってると思って、火をつけたんだった」
「違うわよ」
「んにゃ? 何がだよお兄ちゃん」
「包丁の数が合わないんだよ」
僕はこう続けた。
「マキは自殺したかもしれないけど、佐藤ミノルは毒殺だ。当初の予定と外れた殺し方だったとしても、佐藤ミノルを殺す用の包丁は本来だったら用意しているはずだ」
「そりゃ、明らかに七連続女性刺殺事件を意識していたしね。七人をあの方法で殺す必要があったってことだよね」
「そう。赤い柄の包丁は七本あるべきだったんだ。それなのに、六本しかない。そはそれで問題だけど、この話の主軸はさらに別なのよ」
「はあ、ふーん。つまり、殺人鬼はお兄ちゃんだったと」
「全然ちげーよ」
全然違う。全ての事件が終わったからか、オルからは緊張感が消えていた。
前世でも、この女(今は男)の自分勝手さに振り回されていた。その度に、イライラさせられていたと、今更ながら思い出した。もしかしたら、僕が回想していた佐藤家の日常は、美化されていたのかもしれない。
と、それは余談。
「包丁が六本、かつ雪山山荘が全焼しても誰も出てこなかったことから、殺人鬼は内部犯だってことは言わなくてもわかるよね」
「へー」
「……、だとしたら、僕が死んだ時点で、未使用の包丁が二本残っているべきなのよ。僕と、マキを包丁で殺すための、二本。だけど、包丁は一本しかなかった」
「そりゃそうでしょ。包丁は既に五本使われていたんだから。だから、包丁は合計六本あったってことだよね」
「オル、気が付かないか?」
「んん? 数はあってない? それに、二本残ってたらおかしくない? それって、七人殺す用ってことになるじゃん。殺人鬼を含めて、雪山山荘には七人しかいなかったんだから。一人一本って決めてる人が、自分も含めて七本もってくるわけがない」
オルは首を傾げながら呟く。
「そう。だからおかしいんだよ。包丁は六人分しか用意していない。五人刺殺、一人毒殺、一人自殺。だけど、余った包丁は一本。これってさ…」
この事件を一番ややこしくした、からくりの正体。それは、殺人鬼の最後の行動にあった。
「殺人鬼は、僕たちを殺す用の包丁を、自分に使ったってことなんだよね」




