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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
五章.会議は踊らず、されど呪いは続く
118/155

117.閉幕1

【魔暦593年07月04日15時00分】


「おっす」

「おっすじゃないわよ。そんな気軽な声かけないで。んん、ああ、疲れたぁ」


 僕は部屋に入るなり、ローブを脱ぎ捨てて、寝床にダイブした。僕の屋敷のものより少し固い。まあ、魔道具によって適切な空調に調整されているのか、快適なことに変わりはなかった。先ほどまで使われていたのか、温もりが多少残っている。

 下着姿の僕を見て顔を少しだけそらし、「おっすって、お疲れ様ですの略ね」と、どうでも良いことをオル・スタウは言った。

 いや、本当にどうでも良い。僕は疲れ切った口を動かすことなく無視した。


 彼は気にすることなく、僕の頭の横に座る。そのまま、片手で僕の頭をゆっくりと撫でた。


「本当に、お疲れ様。しばらく休もうね」

「お前は僕のお母さんかよ」

「家事も料理もしてたんだから。少なくとも、前世ではお母さん的ポジションだったよ」

「そうだっけ。んん、そうだったなぁ」


 カウエシロイ教室主催の集会は、三十分ほど前に終了した。その呆気ない結末に各々が何を思ったのかはわからない。唯、終わりを実感して自宅へと向かった。

 僕は屋敷の住人としてそれを見送り、全員いなくなった後に、こうしてオルの、部屋まで歩いてきたのだ。


「そういえば、オル。大丈夫なの?」

「んにゃ? 何が」

「何がって。気絶してたじゃん。山頂の上で」

「あー、あったねそんなこと」


 そんなことで済ませるな。

 万が一に備えてカウエシロイの集会にオルは呼びたくなかったが、そんなことしなくても彼は来れなかった。

 入江マキと佐藤ミノルの白骨死体。あの呪異物をロスト山の山頂で目にしてから、ついさっきまで寝ていたのだ。この寝床の上で。


「ふん。そりゃびっくりしたけれどさ。寝込む程度で済むなんて、成長したと思わない?」

「そりゃねえ。呪異物に触っちゃったら、死んでたところなんだから」

「違うよ。だって、前世では首吊ったんだよ」

「んん」

「お兄ちゃんが死んだだけでだよ」

「もう死なないよ」

「……、そうだね」


 もう死なない。殺人事件は起こらない。僕たちの物語は終わった。

 漠然と理解していたけれど、オルのその言葉で解放された気がした。彼の撫でる手を止めることなく、僕は唯されるがままでいた。


「このまま聞かないでも良いんだけどさ。せっかくお兄ちゃんが頑張ったんだから、聞かせて欲しいな」

「何を」

「名探偵の推理」

「名探偵って言うな。それに、そんな大したものじゃないよ」

「まあ、話したくないなら良いよ」

「いや、話させて」


 僕には話す義務がある。話さないなんて選択肢はない。

 それはオルもそうだ。彼には知る義務がある。知らなくてはならない。


 雪山山荘密室殺人事件。そこから続く、ヘルト村殺人事件の顛末を。



***



「まあ、あの集会は酷いもんだったよ。転生って概念を魔法学院の連中に伝えるのが大変だった。セリュナーだけじゃなくて、ラス隊長も詰めてくるもの」

「お父さんはそういう非魔法学的な話は信じないからね」

「非科学的みたいに言わないで。まあ、そこはアンダーソンが助けてくれたんだけど。いや、代弁してるだけだから、カウエシロイか。どちらでも良いけど」


 事前情報はそこそこに、僕は語り始める。


「まずは、雪山山荘密室殺人からだね。あれを語るにあたって、ロスト山の白骨死体から触れなくてはならないね」

「俺とお兄ちゃんの死体がどうしたのさ」

「あの時、たまたまその場所に居合わせた、ルミとケイウィに頼み込んで、死体の調査をしてもらった。幸い、呪異物と言っても本人以外には効かない類のものだったようで、あの二人は触れたんだよ」

「ふーん?」

「首なし死体…、つまり入江マキの方の死因の方は明らかだった。頭がないんだからね。断頭されたわけじゃないんだろうけど、白骨死体になるほど時間が経っていた。首元に掛かっていた縄が、時間をかけて骨を折ったんだろうさ。それで、問題は僕の方だよ」

「お兄ちゃんの死体? なんか、毒殺ってオチじゃなかったっけ」

「オチって…。まあ、そう。普通、心臓に包丁を突きたて場合、肋骨が邪魔をする。折れるまではいかないにしろ、傷はつくはずだよ。だけど、佐藤ミノルの白骨死体は、全く傷がなかった」


 そもそも、なぜ白骨死体が風化していないのか。肉体だけが朽ちたのか。なぜロスト山にあるのかと言った謎は解決していない。

 ケイウィ曰く、「呪いの強さだよ」と言っていたが、あの幼女が何を根拠に話しているか、今となってはわからない。



「佐藤ミノルと、入江マキの二人は、赤い柄の包丁で殺された訳ではない。僕たち二人の仮説に歴とした証拠が生まれた訳ね」

「だから、俺は前からそう言ってるじゃん」

「オルのことを信用していない訳ではないけれど、やっぱり仮定や言伝は情報の欠落が発生しやすいから。百パーセント断言できる情報になったっていうのが、重要なのさ」



 事実、僕のこの発言が雪山山荘密室殺人の話を信じさせる決め手になったと言って良い。魔王の前世の死体が、呪異物として残っている。

 これは、魔法学院の連中を黙らせるのに十分な役にたった。今頃、ラス隊長と異物協会ヘルト村支部長が実物を見に行っているだろう。

 オルは「ふーん」と不満気に言う。僕は寝た姿勢のまま、彼女の手を取った。

 


「勿論、オルの証言も役に立ったよ」

「ふーん?」


 

 オルがいなければこの事件は絶対に解けなかった。それほど、完全犯罪だったと言える。


 いや、実際、完全だったのだ。登場人物が全員死んでいるのだから、完璧と言って良い。転生というイレギュラーを、被害者も加害者も予想できたはずがない。



 雪山山荘は誰にも解くことができない、完全な犯罪として幕を閉じた。それでこの話は終わりにしても良いが、一点だけ注釈させるとしたら、こうだ。



 注意 これは、殺人鬼が望んだ結末ではありません。



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