115.魔王浮上5
【魔暦593年07月04日12時00分】
第一の殺人事件、七連続女性刺殺事件。
第二の殺人事件、雪山山荘密室殺人事件。
第三の殺人事件、ヘルト村殺人事件。
第一については、すでに完結した話である。佐藤警部を中心とした、殺人鬼と警察の壮絶な戦いだった。
殺人鬼は、法に裁かれることはなかったが死んだ。
警察は、新たな犠牲者を生まずに済んだが、動機や目的の解明ができなかった。
結果は、引き分けといったところだろうか。いや、死人が出ている時点で警察官の敗北かもしれない。まあ、勝利や敗北という二択で考える時点で、冷徹だと言われたらそれで終わりだが。
続いて、第二の事件。
完結したと言われれば完結した。しかし、週刊誌で打ち切られたような終わり方だった。
殺人鬼の動機、目的は不明。その正体も不明。しかも、登場人物が全員死亡したことによって強制的に終了した。
第一の事件が第二の事件を引き起こしたのは明白だ。だからと言って、第二の事件が第三の事件を引き起こした、と考えるのは少し違うだろう。
カウエシロイが言いたいのは、そういうことだ。
第二の事件は終わっていない。ヘルト村殺人事件は、雪山山荘密室の地つなぎの物語。
殺人事件の続きは異世界で。
それならば、イアム・タラークの殺人から話を始めるわけにはいかない。話すべきは、雪山山荘最初の被害者、村田アイカの殺人である。
「気に食わない」
ため息すら出ない。僕は下着姿のまま、部屋をくるりと見渡す。
カウエシロイの代弁を行っていたアンダーソンを見つめる目線は、もうない。
カウエシロイに集められた十七人全員が、僕を見ていた。僕に注目していた。
いつか、スカーにこういったことがある。「村民は、僕をロイの娘として見ている」、と。それに対してスカーは、「ロイをモニの父親として見ている人もいるんだ」と励ましてくれた。
だけれど、これは違う。十六歳の、下着姿の美少女であるモニ・アオストを見ていない。誰も僕を僕として見ていない。
アンダーソンは確かに言った。『名探偵』。
ふざけている。まるで、佐藤『警部』と重ねているかのような言い方だ。
第一の殺人事件を終わらせた男が『警部』であるならば、第二の殺人事件を終わらせるのはその息子である『名探偵』であるべきだと、そう言いたいのか?
「気に食わない、気に入らない。全部くだらない。あの、アンダーソン」
「はて、どうしましたぁ、名探偵。推理のご披露ならば、私ではなく皆さまに向けて話してくだされ」
「カウエシロイはどこにいるのよ。この集会をセッティングし、見透かしたかのように話を進めやがって。全部手のひらの上だというつもりなら、僕が直々に殴らないと気が済まないわよ」
「はいはい。言いたいことはわかりますよぉ。自分の姿を隠して、周りを導くのがカウエシロイ先生の特徴でしてねぇ。カウエシロイ先生には代弁する誰かが必要不可欠なのですよ。そこで、今回は貴方が選ばれたというわけです」
だから、名探偵。作者の言葉を代弁するには打ってつけの役割である。
殺人事件の真相も、殺人鬼の転生先も理解している僕が、わざわざこの集会に参加した理由はちゃんとある。勿論、会場がアオスト邸であることは要因の一つだが、『名探偵が来る』というケイウィの声があったからだ。
名探偵、つまりカウエシロイのことだとばかり思っていた。唯一の謎、イレギュラー、不安要素であるカウエシロイと対面できるのならば、罠かもしれないこの集会に参加する意味がある。そう考えた。
だが、その名探偵の正体は僕だった。
「全くもって、くだらない」
ああ、もう。そうかよ。
僕は結局こういう立ち回りになるのかよ。誰かの物語の、筋書きの一つの要素として動かされる。そこに僕の意志があるようでない。
前世では、殺人鬼の被害者として。今世では、事件を解決する探偵として。意図的に、そう言う役割を与えられたとしか思えない。
その意図を、目的を、真意を明らかにしなければならない。未知とは恐怖であり、呪いだ。
そして、そのためには。
わかった。やるよ。やればいいんだろ。
名探偵になってやる。まずは、殺人鬼を暴こう。入り組んだ呪いを解くには、一つ一つ丁寧に、だ。
幸い、カウエシロイによるお膳立ては充分過ぎるほどなされている。僕はただ、自分の考えを喋るだけでいい。まあ、そうなるようにセッティングしたんだろうけど。
僕は軽く舌打ちを鳴らしたあと、アンダーソンに背を向ける。
「わかった。わかりました。顔も知らないカウエシロイ大先生のご指名とあれば、事件を解決させていただきましょう」
僕はアンダーソンの目の前の机に座る。胡座を描き、膝に肘を、顎に手を乗せながら。僕が長年かけて育ててきた美少女としてのレッテルは剥がされた。
「僕のことは、今だけはモニ・アオストとは思わないでください」
そして、ゆっくりと間をおく。異人以外の人間から見たら、まるで別人のように見えることだろう。そうでなくては困る。
僕は、モニ・アオストとして取り繕っていた全ての要素を捨てた。肉体が美少女なだけで、ここにいるのは佐藤ミノルだ。雪山山荘密室事件で死に、転生してまで事件を解決する探偵だ。
可愛さはかけらもない。それならば、せめて。カッコつけることくらいは許して欲しい。
「謎はすでに、解けています」




