113.魔王浮上3
【魔暦593年07月04日11時52分】
「んー、そうだね。異物協会勇者担当の一人、ケイウィ・クルカが断言しようかにゃ。モーちゃんは近い将来、魔法を使わずに王になる。これは予想とか予言ではなくて、確定事項だ。だから、モニ・アオストは魔王なんだよ」
ケイウィは欠伸を交えながらそう言った。言い切った。思わぬ証言だったし、僕の求めていたものとは若干ずれてはいるが、勇者様のお墨付きを得られた。異物協会の職員は、唖然とした様子だった。
魔法を使わずに王になれば、魔王。
魔法を使える存在であるこの世界の住人は、魔王になることはできない。なれるとしたら、唯の王様だ。
そして、ケイウィ・クルカは魔王を問答無用で討伐するわけではない。僕に対しては常に友好的だ。
だから、異物協会の魔王の専門家のことを勇者担当だというのかもしれない。異物と異人は切って離せない。転生者を問答無用で悪と見做さず、見捨てない。
魔法学院は逆の発想だ。魔法を使わない人間なんて、ありえない。異人や異物を認めたくない。魔王になる存在は、問答無用で殺す。それが、魔王討伐戦線。
同じ専門家でも、ものの見方が随分と違う。
「ふん、貴方が魔王なことくらい私だって知っているわよ。あの後、私は村中のあらゆる場所でサイコメトリーを使ったんだからね。勿論、貴方が通った道の跡を」
「何だ、知ってたんですね」
「そこも含めて、貴方が殺人鬼だっていってるの」
「ダメ押しの材料だったのだけれどね」と、セリュナーは言った。セリュナーの話はほとんどが仮定で構成された穴だらけだったが、隠し球を持っていたというわけだ。
さすが、天才魔法使いと言われているだけのことはある。僕への疑惑が募った後に、魔王であることの証明をされなくてよかった。言い訳の余地なく、僕が殺人鬼だとしてこの集会は閉められていただろう。
その隠し球を、逆に僕から言われた。そのことに、セリュナーは強い困惑を覚えているようだった。
彼女からしたら、僕が自分で自分の首を絞めているように見えるだろう。
そんなことはしない。首を絞められるのは懲り懲りだよ、まったく。
「自らを魔王だと名乗って。ここにいる全員を皆殺しにでもする気?」
「僕が魔王だったら何なんです。まるで、それがすごい恐ろしいことみたいじゃないですか」
「何が言いたいのかいい加減はっきりしてくれるかしら」
「ねぇ、セリュナーさん。頭のいい貴方なら、とっくに気がついているんでしょう? 僕は魔王だ。だけど、僕だけが魔王だなんて、一言も言ってない」
ここから先は、賭けになる。僕は振り返り、真後ろにいたアンダーソンに尋ねる。
「先生の助手にあたる、クナシス・ドミトロワが魔法を使っているところを見たことがありますか?」
「ありませんなぁ。一度たりとも」
続けて、スカーに目を向ける。金髪の美青年は僕のやりたいことを全て悟ったようだった。彼は自ら口を開いた。
「イアム・タラーク。彼女も魔法を使えなかったね」
そして、再びセリュナーに目を戻す。
「ラーシーの大親友であった貴方は、とっくの昔に気がついていたんじゃないですか? ラーシーが魔法を使えないことも、何か唯らぬ過去を抱えたことも。魔王になりうる存在だったことも」
僕は特別じゃない。
それとも、僕だけが特別なわけじゃない、と言った方が語弊が生まれないか。
モニ・アオストを魔王と断定するならば、この村には七人の魔王がいることになる。異人よりも、転生者よりも、表現としてはしっくりくる。
「つまり、魔王だから人を殺せたんじゃない。逆です。魔王だから、殺されたんだ。魔法が使えず、魔力の残滓を残さない魔王は、同じく魔法が使えず、魔力の残穢を残さない魔王を殺した」
監視カメラも、指紋も、DNA鑑定も、全てが魔法によって代替されている。サイコメトリー、魔力照合など、この世界ならではの発展が進められてきた。
だからこそ、この事件は迷宮入りしている。いうならば、透明人間が透明人間を殺したのだ。何の証拠も、アリバイも残らない。
「僕だけじゃない。この世界には、魔王と呼ばれるものが平然と生きている。当たり前のように潜んでいる。魔道具を使えば、魔法使いのように偽装できる。サイコメトリーだって、写ろうと思えばいくらでも映るんですよ」
そして、この会議を混沌に貶めた要因の一つとして、この話に仮定はない。イフを完全に排除した、唯の事実だ。
「そして、魔道具を封印すれば、あらゆる警備魔法から潜り抜けはことができる。相手が魔王ならば、残された死体以外の情報は全て遮断できる」
実際、僕のように魔法が使えないことに気が付かなかったものが大半だろう。魔法は便利だが、自分が使えなくても問題はない。
突き詰めれば、オルのように『空循環病』と診断される。それだけだ。
「さて、天才魔法使いセリュナーさん。貴方は、隣人が魔王じゃないとどうやって証明するんですか?」




