109.カウエシロイ教室出張版4
【魔暦593年07月04日11時30分】
二人目の殺人、クナシス・ドミトロワの殺人に関して、特段話すことはない。
証言も、話の辻褄合わせも行われなかった。
07月02日、夕方ごろ。代弁教師アンダーソンは、助手のクナシスが時間になっても来ないことに疑問を抱いた。彼が寝泊まりしている家に向かうと、赤い柄の包丁が胸部に突き刺さったクナシスがいた、ということらしい。
簡潔かつ、無常。クナシスには身内がいなかったため、この話に突っ込む人も、疑問を抱く人もいなかった。ラス隊長が無言で頷いていたため、整合性も取れているのだろう。
代弁教師アンダーソンは、自身の助手について語るときもその余裕を崩さなかった。イアム・タラークのプロフィールを語るときのように、淡々と口にする。個人の識別ができてないのか、全て過去のものと捉えているのか。
隣の席に座っていて、気持ちの悪くなる話だ。
三人目の殺人、ラーシーについてはめんどくさいことになった。再び第一発見者の僕が話すことになったのだが、各方向から大量の突っ込みが入った。
「ラーシーと最後に話したのはいつか」
「ラーシーと出会った時、本当に彼は死んでいたのか」
「今話したこと以外に、隠していることはないのか」
「ラーシー宅の前にあった爆発する魔道具について、さらに詳細を」
「昨夜の山火事によってラーシー宅は全焼したが、何か関係はあるのか」
「そもそも、なぜモニ・アオストは、ラーシーに会いに行ったのか」
僕に聞かれても困るものから、なかなか良い線を行っている質問まで、雨の如く降り注いだ。特に、最後の質問はなかなか痛い。
僕がラーシーに会いに行った理由?
『異人だと確信したからです』
なんて言っても、しょうがないじゃないか。僕の裏側のフィールドワークについて、この場で話せることは何もない。そもそもが、ロスト山の不正登山から始まっている。
「あー」
僕は口を開いたまま、そのまま止まる。やばい、何を話せば良い。何から話せば良いんだ。
その様子を見た質問を投げかけた面々は、一切に口を閉じる。僕の言葉の続きを待ち望んでいる。
やめろ、そんな目で見るな。この事件に対して浅い理解しかしていないのに、僕の時だけ論を求めるな。自分で謎を解こうとしない愚か者のくせに、他人に期待するな。
嵌められた? アンダーソンはわざと場を停滞させている?
いや、それは考えすぎだ。こういう事態になることは事前にわかっていたじゃないか。
事件当時は、ラス隊長と副院長が揉めていたおかげで、僕はたいした言い訳もせずにその場を離れることができた。でも、それはラス隊長だからできたことだ。
この会議の参加者は、皆平等に物事を見ている。今まで自分で呪いに立ち向かってこなかったくせに、話は集中して聞いている。机上だけで事件を解決しようとしている。
いっそ、赤い柄の包丁で攻撃してきた方が楽だった。言葉と数の暴力によって、僕は押しつぶされそうだった。
それでも、ルミやロイが助けてくれなかったのは、「モニなら、何とかできるだろう」という信頼があったからかもしれない。僕のことを過大評価しすぎじゃないか?
「あのさ」
そんな静寂を打ち破ったのは、意外にも魔法学院のエリアから上がった声だった。途端、全員の目線がそちらに向く。
助け舟が到着した。数秒間を稼いでくれるだけで、言い訳が何個も思いつく。
声から、天才魔法使いセリュナーということがわかった。彼女の俯瞰した物の見方は、異人に近しいものがある。わかっているやつはわかっているのだ…。
ぞくり
冷たい視線。清廉潔白純粋無垢な僕に向けられた殺意のこもったそれは、声の主からだった。
見間違いかと思った。
あれが、セリュナー?
別人じゃないのか?
ひび割れた眼鏡から、知性のかけらもない獣のような瞳を覗かせている。服装も薄汚れていて、ところどころ穴が空いていた。破けたというよりも、焦げた?
震えるような女性の声が、そのまま続く。
「モニ・アオスト、お前が殺人鬼だ」




