107.カウエシロイ教室出張版2
【魔暦593年07月04日11時05分】
「イアム・タラーク。魔暦562年7月1日生まれの三十一歳、女性。住所は…」
アンダーソンは抑揚なく、淡々と文章を述べる。虚空を見つめる彼からは、死者を悼む感情は伺えない。地名を読み上げるように、プライバシーを貫通した事実を述べていく。
実際のところ、彼は本当に読み上げているらしい。ルミが以前使っていた『空間にメモを取る魔法』というやつだ。第一の被害者に限らず、ヘルト村殺人事件におけるあらゆる情報が記載されているに違いない。
集められた十八人の関係者たち全員が、事件について理解しているわけではない。そのために、一から説明しなければならいないのだろう。
ーーこりゃあ、日が暮れちゃうよ
それにしても、大勢の前でこうして発表地味たことを行うのは大変だろうに。代弁教師というのは名ばかりではなく、人前で話すことには慣れているようだ。
それでも、生徒側は違う。アンダーソンと違い、人の話を黙って聴くことができない人もいる。講義内容が、殺人事件の解決となれば尚更だ。
僕はてっきり、ルミあたりがぶちぎれると思っていた。彼女は自身の取っていたメモと情報を照らし合わせているようで、小難しそうな顔をしていた。こういうところは真面目なんだよな。
意外にも声が上がったのは、入り口から正面の陣営、カウエシロイ教室だった。だん、と椅子を後ろに引き立ち上がる。指を刺すように、女性は叫んだ。
「おい、デブ。殺すぞ!」
殺害予告。それも、部屋全体に響き渡る程の大声だった。アンダーソンは目をぱちくりとさせた後、「働いていたのは、大広場の」、と話を続けた。
「代弁教師、アンダーソン!」
「ああ、私に言っていたんですかぁ。気がつきませんでした。そういえば、今は太っていたんでした。いやなに、信じられない話かもしれませんが、これでも私、二十代の頃はすっきりとした美青年でね」
「お前のプロフィールなんてどうでも良いんだよ。本当にどうでも良い。人の個人情報や過去なんて聞きたくないんだ。それは、イアムも同じだ!」
ええと、この叫んでいる女性は誰っけ。薄水色を逆撫で、アンダーソンに詰め寄ろうとする。それを、隣の翠色のロングヘアの女性が全身で止めにかかる。
ああ、そうそう。その隣にスカーがいるから思い出した。シエラ。シエラ・タラークだ。僕は話したことがないけれど、ルミが一昨日会ったといっていたな。
となると、その隣の翠色の淑女がリエットか。スカーの仲良し四人組で、カウエシロイの学生である。
「これは困りましたなぁ。事件をフラットな視点で見るためには、全員が同じ事前知識を持っていることが必要不可欠なのですが」
「だ、か、ら! イアム・タラークについて知らない人がこの村にいるわけないだろうが! わかりきっている死者の情報を振りまいて、何が楽しいんだよ」
「ふーむ」
と、アンダーソンはわざとらしく顎を摩る。何かを思考するような思わせぶりなその態度に、イアムはさらに怒号の罵倒を浴びせていたが、アンダーソンには届いていなかった。
僕はその様子を、ぼうっと見ていた。
ーーそういえば、マキ以来だな
こうして、被害者遺族の顔を見るのは、七連続女性刺殺事件振りだ。雪山山荘で呪われた七人の子供達として集合はしたものの、既に八年経過していたため、皆達観していた。
イアムの結婚相手、リーチ・タラークの妹である、シエラ・タラーク。彼女は今にも人を殺しかねない鋭い目つきで、周囲を睨みつける。義姉の死亡に悲しんでいるというよりも、殺人事件が起きたことに怒っている。
その感情は、僕にもよく分かった。母親が殺された時は、悲しみよりも先に怒りがこみ上げてきたものだった。僕なんかと一緒にしてほしくはないだろうが、親近感が湧いてきた。
マキは、泣きじゃくっていたっけ。
死の間際に浮かべる顔からその人の性格が読み取れるのと同じく、残されたものの表情からも、死者の性格がわかるってものだ。少なくとも、義妹にここまでの感情を抱かせるということは、イアム・タラークは慕われていたんだろう。
「それじゃ、モニ・アオストくん。お願いしていいかな?」
「へ?」
突如、アンダーソンが僕に話を振る。虚を突かれ、完全に間抜けな姿を晒してしまった。僕以外の十七人は、皆揃って、この美少女を見ている。注目されるのは嫌いじゃないが、この目線は嫌だな。
「ルミ、何だっけ」
「はあ? だから、イアムの死体を見つけた時の話だよ」
「ああ、そうだった。そうでした」
隣に座る、親友の助け舟に乗る。恐らく、イアム・タラークのプロフィールを話すことはやめて、第一の殺人について話すことになったのだろう。
僕は立ち上がる。元より、僕とルミは無関係という立場ではない。三度の殺人事件のうち、二度の第一発見者として呼ばれている。
「まず、時系列順に話させていただきます」
僕は少しの緊張を交えながら、喋り出す。十七人の顔を、一人ずつ見渡すように、視線を飛ばす。
純粋な興味だった。
今こうして、殺人鬼を暴く会議の中、どんな表情を浮かべているのだろう、と。
十七人の中に隠れる殺人鬼の顔を、僕は見た。




