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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
四章.最後の異人
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100.前日譚『殺人鬼は語る』

【西暦2023年◾️月◾️日◾️時◾️分】


 自分を一言で表すならば、普通という単語が最も適切だろう。自分で言うのも虚しいが、普通以外の何者でもない。

 それがプラスにもマイナスにも働かない。


 一番好きな数字はゼロだ。普遍の数字、安定の証。それ以上に広がらない存在。だから、私は普通である性格を気に入ってさえいた。



 ああ、マイナスはあるにはあった。履歴書を書くときだ。十二年前の日本を震わせた狂気的な事件、七連続女性刺殺事件で親を無くしている、ということもある。苗字も変わったし、中学校も辞めた。

 そこではない。履歴書を書くときに困るのは、『自己アピール』の欄だ。



「はっ」



 思い出すだけで笑える。


 自己アピール?

 この私に?


 私のどこにアピールする箇所があるというのだ。




 容姿、成績、性格、友人の数。あらゆるものが普通の私は、むしろ基準になるべき存在だ。自己をアピールするとしたら、自分のプラスな部分を前に出すべきだろう。凹凸のない私には、到底不可能な話だ。



 強いていうなら、『普通』であることが長所であり、アピールポイントだ。だから、そうやって書いてやった。勿論、居酒屋のような明るい場所でも、コールセンターのように変わり者が辿り着くバイト先ではない。

 都内X駅に内蔵されている、チェーン店の書店店員だ。


 ほら、普通だろう。


 落ちた。

 落とされた。


 求人サイト経由で申し込んだが、履歴書の時点で落とされた。面接すら行われなかった。

 おいおい、自己アピールに『普通なことです』と書くような奴を落とすとは、なんて普通な書店なんだよ。私にぴったりなのに。

 


 これには流石の私も困ったっけ。いつも帰り道による書店だったのに、もう行けなくなった。あっち側は私のことを認識すらしてないし、顔も名前ももう覚えてないだろうに。

 その程度で傷つくこともまた、私が普通である所以だろうね。



 ええと、何の話だっけ。

 普通であるとか、そのエピソードとかを思い出すのには、何か理由があったはず。

 


 ああ、そう。呪い。呪いの話をしようとしていたんだ。




 人を最初に殺した時の話をしよう。




 最初に殺したのは、◾️◾️◾️◾️。同じ大学で、普通である自分の普通の友人だった。

 大学一年生の頃に、こちらから話しかけた時は随分と警戒されたものだけれど、普通の大学生だと理解したのか、次第に心を開いてくれた。

 キャンパスライフとやらを楽しんでしまうのか、と心配したものだ。だってそうだろう。人生にプラスな出来事なんて、マイナスの前兆でしかない。



 だけれど、◾️◾️◾️◾️は随分と大人しかった。普通の自分に目を向けられる程度なのだからお察しだが、ゼミでは浮いていたし、友達は自分以外いなかっただろう。

 ぼっちで陰キャラ、といえば現代日本のコンプライアンスに引っかかってしまうか?


 ああ、いや。もう日本じゃないんだった。コンプライアンスも憲法もない。ここは異世界だったね。



 心底安心した。友達がいないのはマイナスになってしまうので避けなければならないが、友情を育みすぎるとプラスになる。普通であり続けるには、ちょうどいい友人だった。




 だからこそ、最初に殺した。


 


 普通である私の、普通の殺害によって死ぬべきなのは、『平井ショウケイ』のような狂人でも、『佐藤ミノル』のような悪人でも、『入江マキ』のような善人でもない。

 ◾️◾️◾️◾️のような、普通の人がいい。




 電話で呼び出したら、あっさりと来た。普通の挨拶を交わし、普通の雑談を広げた。そして、普通に殺した。

 


 赤い柄の包丁を、肉をかき分けるように差し込み、心臓に到達した。血液が止め止めなく溢れ出し、手を暖かくしてくれた。



 鬼塚ゴウーーつまり父親(パパ)が連続殺人を起こす際、なぜ刺殺を選んだかよくわかる。

 被害者の表情がよく見える。血液の温もりが、体の震えが、小さくなる吐息が、手に取るようにわかる。



 七連続女性刺殺事件に関わった全ての人間は、不可解さから呪いにかかった。未知とは恐怖であり、知らないことが呪いだ。

 殺人によって、私は理解することができる。



 そう、これは呪いを解く物語であり、

 人生をゼロにする物語だ。




 友人に殺された◾️◾️◾️◾️の表情は、酷く混乱した様子だった。普通に友人に殺されただけだから、何も驚くことはないだろうに。

 

 ◾️◾️◾️◾️は力無く倒れた。もう動くことはない。普通の死体として、こうして死んでいくのは、普通の友人として誇らしい。

 


「あー」



 軽いため息をつく。

 生気を失った友人をみて、ふと思う。◾️◾️◾️◾️は、唯一無二の親友だったのかもしれない、と。もう喋ることも、戯れ合うことも、徹夜で遊ぶこともない。友人との普通の日常は、もうない。



 可哀想だとは思った。ここでこうして殺されることによって、また呪いが一つ生まれてしまった。「なぜ友人に殺されたのか」という未知を魂に刻んでしまったかな。


 一生かけたら、いつかはその呪いを解くことはできるかもしれない。その一生が今こうして終わりを迎えたことが残念だ。



「安心したまえ、◾️◾️◾️◾️。ここで私とはお別れだよ。来世では、普通とは無縁な、劇的な人生を送るといい」



***

【魔暦593年◾️月◾️日◾️時◾️分】


 と、二十歳の頃は考えていたんだが、いやはや、◾️◾️◾️◾️には本当に悪いことをしたね。


 来世でまた、こうしてばったりと出会えるなんてね。呪いとはすっかり無縁だった私も、君の姿を見て思い出したよ。知ろうとし続けない限り、普通には戻れないと、ね。


 君は普通とはかけ離れた劇的な人生を送っていたようだが、それはもうお終いにしよう。


 普通である私が帰ってきたんだ。

 君も普通になるべきだろう?



 この出会いに感謝を。君たちに呪いを振り撒くことで、私は自分にかけられた呪いを解くことができる。この連鎖から最初に抜けさせてもらうよ。




 さて、殺人事件の続きを始めるとしようかな。



 普通にね。




【『鬼塚サツキの手記』より引用】

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