99.山並みは燃えて2
【魔暦593年07月03日20時10分】
僕はケイウィが後ろを向いたのを確認して、彼女の死体に馬乗りした。上から、顔を直接覗き込むような形で。
生前は、元気溌剌とした元気な女性だったことを覚えている。大広場の八百屋の、名物お姉さんと言ったところだ。
その印象と、大きく乖離する表情を死体は映していた。
彼女の顔は、怒りに満ちた表情で固まっている。死に際の感情がそのままに、まるでこの世の不条理に対する抗議のようだった。
眉間には深い皺が刻まれ、口元はわずかに歪んでいる。それは言葉にならない激しい怒りの証だ。
ーーは
これで全く見覚えのない表情だったら、どれほど良かっただろうか。雪山山荘の招待客が全員ヘルト村に転生しているなんて考えを一蹴できたのに。
だが、これが現実だ。呪いの連鎖は、死ぬぐらいじゃ終わらない。生まれ変わってもなお、魂に刻まれている。
「はは」
ーービンゴ
見覚えがあるなんて物じゃない。僕の脳裏には、彼女の前世の姿を忘れることができないのだから。
運命はなんて残酷なのだろう。
雪山山荘密室殺人の最初の被害者である彼女は、転生してもまた、最初の被害者として殺された。呪いの連鎖は、彼女こそが始まり。
如月ランは苦悶の表情を。
青木ユイは絶望を帯びた表情を
立花ナオキは悲しみの表情を。
平井ショウケイは笑顔に溢れていて、
ーー村田アイカは怒りに満ちた表情を浮かべていた
冷や汗が止まらない。情報が合致すればするほど、僕の仮説が肯定されていく。
イアム・タラークが村田アイカだ。間違いない。
僕は再び後ろを振り向く。ケイウィは欠伸をしながら、鼻歌を歌っていた。やたらと親切な彼女だが、僕の行動に特段興味があるわけではないらしい。
すぐに、目線をイアムに移す。
起承転結の結だ。この物語は、今僕の手で解き明かされようとしている。
僕は、物語終盤の小説を読む手のように、すぐに隣の死体に移動した。早く続きが見たくてしかたがない。
未知が恐怖ならば、既知は歓喜だ。僕は全身の高揚感から、脳が沸騰するような実感がある。ふらふらと、ラーシーの死体を見る。
正直、彼の死体は見るつもりはなかったが、事実の再確認を行うために、体が勝手に動いていた。彼の表情を改めて見て、雪山山荘密室殺人二人目の被害者、『如月ラン』であることを確信する。
等式がどんどんと埋まっていく。
佐藤ミノルがモニ・アオストに
入江マキがオル・スタウに
立花ナオキがスカー・バレントに
村田アイカがイアム・タラークに
如月ランがラーシーに、
転生した。僕たちは、同じ村に転生した。
「んー、こりゃダメだなぁ。全く誰だよ。さっきからさ。お姉さんのことが嫌いなのか?」
と、背後から声がする。ケイウィは呆れたようにため息をついていた。
「モーちゃん。集中しているところ悪いね。もう時間がないにゃあ」
「え、あ」
気がつくと、座り込んだ僕の肩にケイウィの手があった。それほど素早く移動した彼女は、もう片方の手で背中を抑える。
しかし、僕は彼女の手を振り払った。
まだ、最後の一人を確認していない。
クナシス・ドミトロワが誰の転生体なのか予想はついている。だが、この目で確かめないと気が済まない。
僕の仮説の正しさを実感したい。雪山山荘密室殺人で死んだ呪われた七人の子供たちは、全員この村に転生した。この目で見なきゃ気が済まない。
僕の拒絶を無視したように、再び幼女が僕の背中を叩く。その勢いに、正面から死体に突っ込みそうになったが、その彼女の手が阻止する。僕を胸元まで引き寄せ、そのまま死体から離れる。
「離して!まだクナシスの正体を見れてない!」
「んー、私は死なないからいいけど、モーちゃんが死んじゃうよ。死にたいなら置いていくけど、ロイに怒られるしなぁ」
意味がわからない。彼女は、僕の行動に差して興味がないようだったじゃないか。だから、自由にさせてくれよ、と思った。僕はコテン、と首を傾げる。
否、首の力が無くなった。続いて倒れるように、体から力が抜ける。崩れるように、ケイウィにどさりと倒れた。「ぐえっ」と、真下の幼女の嗚咽が聞こえる。
ーーなんだこれ
僕はそこでようやく、死体から目を離した。目線だけで、ラーシー宅を見渡した。
ガラガラと崩れゆく屋根。黒煙が渦を撒き、数分までの涼しげな景色は跡形もなかった。
ラーシー宅は、燃えていた。
まるで、雪山山荘の最後のように。




