⑥謎の人に恋しました。
「ソフィア!」
「ヴァレリー? どうしたのそんな」
「影勝の正体を教えて!」
彼女の言葉を遮って、私はそう叫んだ。
『何事か』と周囲が私達の方を振り返るがそんなことなどどうでもいい。
「ここでは無理」というソフィアに詰め寄ると、彼女は私の腕を掴み、早足に学舎の中へと進んで行く。腕を引かれながら小走りでついていくと、そこは特別応接室……王族や高位貴族だけが使用する部屋だ。
ソフィアはアマンダちゃんに何かを囁くと、彼女は頷いて何処かに行ってしまった。
ふたりきりになるとソフィアは真剣な顔で私に尋ねる。
「それを知って、貴女の未来が変わってしまっても構わない?」
私はそれを、鼻で笑い飛ばした。
「知ってるでしょ? 手紙を毎日の様に書いてたの。 私はあんなに乙女じゃなかった。 あんなの馬鹿にしてた私がとんだ馬鹿になっちゃったんだから……今更怖いものなんてある?」
そう答えると、彼女はアッサリ「それもそうね」と言った。
「おい、ちょっとは馬鹿の部分を否定しろ」と言うとへらっと笑っていた。私の親友は相変わらずだ。
影勝の正体は、『王家の暗部候補生』だった。
「ウチの暗部に調べさせたのに時間がかかったじゃない? ……そういうことだったの」
影勝も仮の名だが、学生としての名もまた仮だという。
入学時から問題になりそうな生徒を見繕い、誰にも正体を見破られることなく護衛する。対象と共に無事卒業を果たせば晴れて正式な暗部になるそうだ。
「彼の場合、うっかり貴女に姿を晒したことや水浸しにさせてしまったことがあったでしょう? しかもウチが調べてしまったことで落第してしまったの」
「えぇ?!」
本来ならば護衛対象が風呂だろうがトイレだろうが、危険に晒されていれば助けるのが彼等の任務だ。しかしやっぱりシャイだった影勝は、それが出来なかった。
その上私の手紙にご丁寧に返事をよこし、薬まで与えるという愚行を行い、あまつさえ姿を晒してしまった。
「……この時点で落第だったんじゃないかな」
慰める様に、いつの間にか交ざっていたローレンス殿下は言った。話に夢中で気付いていなかったが、アマンダちゃんが連れてきたのだろう。
殿下は更に続ける。
「『暗部候補生』は暗部ってわけじゃないし、護衛対象も単に選ばれただけの人間だ。 任務を失敗したところで自決したりはせず、王家の従者としての教育に変えられるだけだ。 尤も、能力に応じて職種は変わるがな」
ローレンス殿下もソフィアが調べるまでこの事は知らなかったらしい。
「私はそれを知って、彼と話してみることにした。 ヴァレリーには恩がある」
そう言って殿下はソフィアの肩を抱き寄せる。「きゃ」と可愛らしく声を上げ頬を染める親友に、普段の私なら生暖かい視線を送っていた事だろう。
「それで……彼はなんと?」
続きを欲する私に急に真面目な顔をした殿下は、先程ソフィアが言ったことをもう少し具体的に言った。
「これ以上の話は私が言うべき事ではない。 続きを聞きたいのなら、君はこの先王家の管理下で働く事を余儀無くされるが?」
(成る程、そういうことか)
それでも、秘密である筈の『暗部候補生』についてまで話してくれた上でそれを切り出したあたり、殿下は私にきっちり恩を返してくれた。
どのみち私の決意は変わらないが。
「お願いします! 馬番でも庭師でも、頑張ってお仕えします!! 運動音痴ですが!」
「なんで運動音痴なのに馬番と庭師なんだ」というツッコミを入れつつ、殿下がパチンと指を鳴らす。扉の前に待機していたアマンダちゃんが、ゆっくりと扉を開けた。
しかし──
当然そこにいると思われた影勝は、やっぱりいない。
「「えぇえぇえぇぇぇぇぇぇ?!!」」
私は盛大な肩透かしっプリに叫んだ。
ソフィアも叫んだ。
殿下は目を見開いたまま固まっていた。
どういうこっちゃ……
そう思う私達の前に、飛んできた紙飛行機。崩すとそこにはメッセージが書いてあった。
『文通からで、お願いします』
──影勝は思っていた以上にシャイだった。
皆は呆れていたし、私も残念ではあったが……きゅんときたからいいことにする。
無事に王子と婚約を果たしたソフィアが本格的に王妃教育を受けるために王宮に入ると共に、私は彼女に仕えることとなった。
ソフィアの王妃教育と一緒に『王妃付き侍女』としての教育をスパルタ式に教わり、それはそれで大変ではあるものの、充実している。
『領地に残ってビールを作ってやろう』と思っていた未来はなくなったが、まあいいだろう。
私と影勝は文通を続けている。
影勝曰く、正式な名前はないので『影勝』でいいとのことだ。
手紙の中で彼は学生時代にあった諸々のことに対し、自分がどう思っていたかを彼視点で教えてくれた。
数々の手紙はその都度燃やすよう言われているため、一枚も残ってはいない。
守秘義務が生じるからというよりは、そこに書かれていたのは「単に恥ずかしいからじゃないかな?」と私に思わせる内容だった。
本当は残しておきたいけれど、我慢をして燃やす。
フト、卒業の日にベンチに置いてきた手紙の事を思い出した。
『好き』
……私も『読み終わったら燃やせ』と書いておくべきだったと激しく後悔した。
私と影勝は新たに始めたやり取りの中で、『いずれ』の日を明確にした。指折り数えてその日の想像をする。
もうずっと前から私の想像の影勝は、ネタキャラ扱いのアバター・装備フルコンプ影勝ではなく、黒髪眼鏡である。
その姿もこれから塗り替えられていくのだ。
そんな近い未来に胸を弾ませながら、今日も筆を走らせる。
『影勝へ』