③これが……恋か!!
走って走って走った結果……足がつった。
前にも述べた通り、私はウン……運動音痴だ。運動が苦手な人なら解ると思うが、特別な理由でもなければ自ら運動をしたりはしない。普段使用しない筋肉を使った結果、こうなるのは自明の理である。
そして足がつった私はバランスを崩した。
(あ)
────影勝が来てくれる!
そう思った瞬間、前のめりに倒れる私の身体が後ろに引き戻される。誰かが肩を掴み、態勢を整えてくれているのだ。
「!!」
影勝だ!……そう思った私は咄嗟にその手目掛けて自分の手を動かした。
しかし掴んだのは自らの肩のみ。
影勝!素早すぎるわ!!
「か……誰?!出てきてよ!お礼も言わせないつもり?!」
影勝が何処へ行ったか判らないので、360度ゆっくり回転しながら周囲に叫ぶ。──だが返事はない。
「……くそう……あくまで忍ぶ気か」
流石は影勝。
私が忍者認定しただけのことはある。
苦々しく舌打ちをしてはみるものの、どうしてもにやにやしてしまう。
(久々の影勝だ! 嬉しい!!)
公爵令嬢のソフィアと仲良くつるむようになったせいで、絡まれたりなどのフラグイベントが起こる様な機会が極端に減ってしまっていた。久々の影勝に、想いを再確認する。
どうにかして影勝に会いたい。
見た目なんてさしたる問題ではないのは、脳内ヴィジュアルイメージのアバター・装備フルコンプ影勝で既に解っている。
その酷さを説明すると装備フルコンプ影勝は、黄色いフレームの眼鏡に前髪短めの市松人形の様なおかっぱで茶髪。同様の影勝装備で『モーツァルト風ヅラ』もあるらしいが、私の脳内に再生されるのはおかっぱの方。
サテンっぽいピンクの生地に大きめの緑の水玉模様。ボトムスは同生地のパンタロンとうサイケデリックな忍者装束を身に纏っており、足元は白い厚底ブーツ。
背中にしょったハンマーはアニメに出てくる彼の相棒であるマスコットキャラの『いぬまろ』型だ。
余談だが、いぬまろの方が影勝より圧倒的に人気があったので、影勝は『いぬまろのオマケ』『いぬまろのバーター』等と揶揄されていた。
兎にも角にもこの酷さ。
これでときめけるのだから、どんなのが来てもときめけるに違いない。
(絶対に捜し出してみせる!)
そう決意した私は悪役令嬢の親友ソフィアと、その恋人で攻略対象だった筈のローレンス殿下に全てを打ち明け、協力を願い出た。
本星悪役令嬢に絡まれたところに王子が現れさあ大変、というフラグ囮作戦である。
だが影勝は乗ってこなかった。
「流石にバレバレなんじゃないかしら……」
「ああ、私達が仲睦まじくし過ぎたようだ。 ヴァレリーは確かに魅力的だが、彼女に迫る演技をしているときですら私の目にはソフィアしか映っていないからな……」
「「殿下……」」
私とソフィアは同じ事を言ったにもかかわらずそのトーンはまるで違う。
黙れこの色ボケ王子が。私の腕を見てみろ、サブイボ立ったわ。……と思って呆れ気味に突っ込んだ形の私に対し、ソフィアは嬉しそうに頬を染めている。解せぬ。
「本当の事を言ったに過ぎないのに、頬が薔薇色だ。 ふ……そんな君も愛らしいな……」
おい、お前ら見つめ合うんじゃない。
私はほったらかしか。
『絶対協力する』って言ってたくせに……女の友情って儚い。
糞の役にも立たない色ボケ共を置いて、私はひとり自室に戻った。
とりあえず手紙を書いてみる事にしたのだ。
投網で捕まえるとか落とし穴に落とすとか……色々考えてはみたものの、影勝の運動神経を鑑みると捕縛するという手段はおよそ現実的ではない。
しかしラブレターどころか手紙もさして書いた事のない私は苦戦した。
前世では年賀状すら書かなかった私に『明けましておめでとう』等のわかりやすい定型文がないのはキツい。
こういうときこそソフィアが役に立つ……と席を立とうとして、思い直して再び座る。
これは、私が書かなきゃ駄目だ。
拙くてもなんでも。
悩んで悩んで何度も書き直した。
結局書けたのはたった三行。
『あなたは誰?』
『いつもありがとう。』
『会いたい』
(う~ん、果たしてこれで良いものか……)
思い悩んだ私だが、心を癒してくれる酒はもう手元に無い。
影勝への手紙を書いたついでに、実家に『心付けとして渡すから酒を送ってくれ』という手紙を書いた。
次の日私は手紙を胸ポケットに入れ、学校の裏庭へと赴いた。あそこなら人気がない。
きっと今も影勝は何処かで私を見ている筈、そう信じて。
胸が高鳴る。
誰もいない裏庭のベンチに手紙を置く……ただ、それだけなのに。
「──手紙を書いたの! ここに置いておくから!!」
何故だか上手く喉の奥から出てこない声を、絞り出すようにして宙に声を掛け足早にその場を去る。
きっと私がいる限り彼は出てこない──というのもあるが、私の方がこの緊張に耐えられそうもないのだ。
早足の筈が、いつの間にかまた走っていた。
でも、胸の鼓動が速いビートを刻んでいるのはきっと……そのせいだけじゃない。
(……って乙女か! ポエムか!!)
『恋をすると人は誰しも詩人になる』……みたいな言葉を、正直なところ今の今まで「アホか、脳に虫でも沸いてんのか」等と思っていたが、そうでもないらしい。
それか、私の頭にも虫が沸き出したかのどちらか。
裏庭から校舎沿いに半周走ったところで踵を返す。素早い影勝の事だ、きっともう手紙は回収されているに違いない。
胸がドキドキとする中、裏庭が近付くに連れて私の歩みはどんどん遅くなる。
確認したいけど、なんだか怖い。
(これが乙女心か! 揺れる乙女心か!)
今までの人生、前世だけでなくそこそこの美少女に生まれた筈の現世ですら、私を良く知る者には『女子の皮を被ったおっさん』と評されていたこの私。
そんなオッサンガールである私の中に眠る乙女を引きずり上げた影勝……素直に凄いと思う。恋って凄い。
遠目から確認出来ないよう視線をずらしつつ、ベンチの背もたれ側から近付いた。一旦深呼吸をして、心を落ち着かせてから確認を行いたい。
深呼吸後、思い切ってベンチの座面に顔を向けた。
…………手紙はあった。
飛ばないように置いた石も、そのまま。
「……ええぇぇぇぇ!! なんでぇ?!」
ショックではじめは気付かなかったが、ちゃんと見ると封は切られていた。
(読んだんだ……)
ホッとする気持ち。その中に現れる『なんで受け取ってくれなかったんだろう』というモヤモヤした気持ち。
そっと重石を取り手紙を持ち上げると、下に走り書きのようなメモがあるのに気付く。
影勝からだ!
おそらくは影勝からだと思うが、その内容に私は驚愕せずにいられなかった。
『間違ってます』
………………意味が解らない。
「……あれ?」
彼からのメモ書き(多分)を見た後、手元に握っている自身の書いた手紙を見て、ようやくその意味を理解した。
「あああああ間違えたあぁぁぁぁ!!」
ベンチに置いたのは実家への手紙の方だったのだ。